青年は、あぶら汗にまみれながら、ズルズルと悪夢の中に引ずり込まれて行った。何となく気違いめいて不気味に耐えなかったが、無論抵抗する気持はないのだ。
「ホホホホ、鳥井さん。分って? この意味が」
やっとしてから、闇の中に、ほがらかな笑い声が響いた。
「ア、その声は? あなたは誰です。照子さんではないのですか」
グッタリと倒れていた鳥井青年が、愕然として闇の中に目をみはった。することも、云うことも、照子とは思えなかった。それにあのまるで違った声。照子は全く気が違ったのか。でなければ、さい前からの闇の中の軟体動物は照子ではなく、誰か別の女だったのか。
「イイエ、照子よ。あなたの許嫁の照子よ。ホホホホ」
闇の中の声が又笑った。やっぱり照子の声だ。
「あたしね、いっそ、あなたを殺してしまい度いと思うわ」
その声と同時に、柔い蛇がスルスルと青年の首に巻きついて来た。
「およしなさい。サア、もう帰りましょう。お父さんやお母さんが、死ぬ程心配していらっしゃるのです」
と云いかけたその最後の言葉は完全に発音出来なかった。まきついた蛇が、段々力を加えて、息を止めてしまったからだ。
「ウ、ウ、いけない。何を何をするんです。気が違ったのか……」
青年はか弱い女の腕を払い兼ねて、七転八倒した。
「ホホホホホホ、どうもしないの。あなたを絞め殺すのよ。分って? 鳥井さん」
又まるで違う声になった。
青年は、充血してガンガン鳴っている耳で、それを聞いた。そして、たちまちあることを悟ると、突然網の上の魚の様に、死にもの狂にピチピチとはね廻った。
「知っている……知っている……き、貴様だ。……悪魔……悪魔」
もがきながら、断末魔の悲鳴が青年の口をほとばしった。彼は闇の中の女が、照子ではなくて、ある驚くべき婦人であったことを、今わの際にハッキリと知り得たのである。