「話はあとにして、棺を家の中へ運んでくれ給え。人でも来ると面倒だ」
「オット合点だ。じゃ、手を貸して下さい」
そこで二人の怪人物は、重い寝棺を釣って、門内へ這入って行った。
東京にも、こんな古い建物があるかと思う程、時代のついた荒れ果てた邸である。恐らく旗本かなんかの建てたものであろう。一体の造りがまるで現代のものではない。
二人は真暗な玄関を上ると、ジメジメとした畳を踏みながら、奥まった座敷へ、棺を運んで行った。
書院窓のついた、十畳の座敷だ。その部屋丈けは割に明るい電燈が下っているけれど、うす黒くなった襖、破れた障子、雨漏りの目立つ砂壁、すすけた天井、凡ての様子がイヤに陰気で、まるで相馬の古御所といった感じだ。
電燈の光で、二人の人物の風采が明かになった。葬儀車を運転して来た男は、額が狭くて鼻が平べったく、口が馬鹿に大ぶりな、ゴリラを聯想させる様な、実にひどい不男で、それが髪の毛丈けはテカテカとオールバックになでつけている様子は、ゾッとする程いやらしい感じだ。汚れた黒の背広、ワイシャツはなくて、すぐメリヤスシャツの襟が見えているという、安自動車の運転手らしい服装だ。
もう一人は、黒天鵞絨のダブダブの服を着て、長髪をフサフサと肩までさげ、青白い顔に黒ガラスのロイド眼鏡をかけ、濃い口髯を生やした、見た所美術家という恰好である。
「流石は君だ。よく怪しまれなかったね」
ロイド眼鏡が部下を労う様に云った。
「ナアニ、訳もないこってさあ」ゴリラは小鼻をヒクヒクさせながら、舌なめずりをして、「吉の野郎、うまくやってくれましたよ。あいつが前以て、葬儀社の運転手に住み込んでいなきゃ、この芸当は出来ませんや。あいつが、本物の葬儀車に、空っぽの偽の棺をのせて途中で待っていると、あっしが、偽の葬儀車で本物の棺を受取り、焼場へ走る道で、うまく入れ替ってしまったんです。まさか先方でも、金ピカ自動車の換玉とは気がつかないから、あの標本屋で仕入れた、誰のだか分らないお骨の入った棺を、可愛い娘の死体だと思って泣く泣く焼場へ納めたこってしょうよ」
「ウフフフフ、うまい、うまい。君達にはたんまりお礼をしなくっちゃなるまいね。……ところで、もうここはいいから、帰って花婿の支度をしてくれ給え。明日の朝は、写真屋を忘れない様にね。判は四つ切りだよ」
「飲み込んでますよ。どんな立派な花婿姿になって来るか見てて下さい。あっしゃこんな別嬪と結婚式を上げようとは、夢にも思いませんでしたぜ。一目、花嫁御の顔が見たいな」
「よし給え。今見ちゃ興ざめだ。すっかり御化粧の出来上るまで辛抱すること。僕の腕前を見せるよ。一晩の我慢だ」
「じゃあまあ、我慢して置きますかね。待遠しいことだ。精々あでやかにお頼み申しますぜ」
「ウフフフフ、いいとも。心得た」
そこで、ゴリラは別れをつげて、外に出ると、真黒なお宮の様に見える葬儀車を、ヘッドライトを消したまま、いずこともなく運転して行った。