恐ろしき婚礼
一人になると、ロイド眼鏡の男は、棺の蓋をこじあけて、中の仏様を覗き込んだ。
「フン、美人という奴は、死骸になっても、何となく色っぽいものだな。あんまりやつれてもいない。これならうまく行き相だ」
独言を呟きながら、彼は、不気味な死体を、ヨッコラショと抱き上げて、外の畳の上に横たえた。
電燈の光が、蝋石の様な死人の顔を、まともに照らした。
アアなんという美しい死骸であろう。年はまだ二十歳には達していまい。いずれ病死したものであろうが、それにしては、さしてやつれも見えず、顔も身体も適度の肉附きだ。
併し、美しいといっても、死人のことだから、すき通った色のない美しさだ。イヤ、よく眺めていると、顔全体に、何とも云えぬいやらしい死相が浮んでいる。ゾッとする様なあの世の匂が漂っている。いくら美人だからといって、死骸はやっぱり恐ろしいのだ。
「サア、お嬢さん、これからわたしがお化粧をして上げますよ。明日は嬉しいご婚礼ですからね」
ロイド眼鏡は死骸に話しかけながら、部屋の隅の大トランクの中から、化粧道具を持出して来た。縁側には水を入れた金盥が置いてある。顔料を溶かす特殊の油も用意されている。さて、これから、役者がする様に、死人の顔のこしらえを始めようという訳だ。
横に寝かせたまま、先ず水でよく顔を洗って、下地にはクリーム、それから濃い煉白粉、頬紅、口紅、粉白粉、まゆずみと、男のくせにお化粧は手に入ったものだ。
だが、それ丈けでは駄目だ。いくら色艶がよくなったとて、顔の相好が生きては来ない。死人か、でなければ生命のない人形だ。
第一目が死んでいる。閉じた目を指で開いて、暫くじっと押さえていると、そのまま開きはしたけれど、どうも生きた人間の目ではない。
そこで彼は絵筆を取って、適度の目隈を入れ、眼尻には紅をさし、乾いた眼球そのものをさえ、油絵具で彩った。