だが、大江蘭堂はそれと知る由もなく、テーブルの上の「声をよくする薬」だという紙包を開きながら尋ねる。
「で、この中には、本当に薬が入っていたの?」
「エエ、でも、何だか薄黒い米粒みたいな気味の悪いものよ」
「無論、呑みやしないね」
「エエ、毒薬だったら大変だわ」
なる程、紙包を開いて見ると、薄黒い米粒が五つ、大切相に包んであった。一体薄黒い米粒なんてあるのかしら。それとも、米粒の形をした丸薬なのかしら。
だが、蘭堂は暫くその微粒子を指先でコロコロやっている内に、何を発見したのか、矢庭に立上って、書物机の抽斗から、虫眼鏡を持出して来て、米粒の一つをつまみ上げ、熱心に覗き始めた。
「京子さん、これはやっぱりあたり前の米粒だよ。だが、なぜこんなに薄黒いのだろう。君はこれをよくも検べて見なかったのだね」
「エエ、気味が悪くて……」
「この薄黒いのはね、字が書いてあるんだよ。米粒の表面に、虫眼鏡でも読めない程小さな字が、一杯書いてあるんだよ」
「マア、本当?」
「見てごらん。ホラ、ね、同じ三字の組合せが、何十となく、ビッシリと並んでいるだろう」
京子が覗いて見ると、虫眼鏡の下に、丸太ん棒の様な巨大な指が二本、その間にはさまれて、大瓜程の米粒があった。そして、その表面に、
恐怖王恐怖王恐怖王恐怖王………
とビッシリ黒い字が並んでいた。
「オヤ、恐怖王っていうと……」
京子はギョッとした様に探偵小説家の顔を見た。
「僕の友達の鳥井君に、恐ろしい情死をさせた奴です。あいつ、又こんないたずらをしたんだな。この間は布引照子さんの死骸に『恐怖王』と刻みつけて見せたかと思うと、今度はこれだ。奴め、ひょっとしたら、僕がこの事件に興味を持っているのを感づいたんじゃないかしら」
「マア、怖い! あたしどうしたらいいでしょう。あいつに見込まれたのじゃないでしょうか。そして、若しやあなたと……」
京子はもう真青になっていた。
「ハハハハハハハ、僕と君とが、又情死をさせられるとでもいうの? いくら、悪魔だって、そうそう器用な真似が出来るものじゃない。安心し給え、僕がついていますよ」
だが、伯爵令嬢はすっかりおびえ上ってしまって、帰宅する道が怖いからと、蘭堂に頼んで、邸まで送って貰った程であった。