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恐怖王-尾行曲線(2)

时间: 2021-08-29    进入日语论坛
核心提示: 指さす砂浜を見渡すと、人通りのない広い地面に、乞食の足跡と、蘭堂自身の靴の跡と重なり合って、目も遙(はる)かに、異様な曲
(单词翻译:双击或拖选)

 指さす砂浜を見渡すと、人通りのない広い地面に、乞食の足跡と、蘭堂自身の靴の跡と重なり合って、目も(はる)かに、異様な曲線を描いていた。なる程、ここへ上って見ると、その足跡がハッキリとローマ字の形になっている。
 さし渡し半町(はんちょう)程のべら棒な巨大文字(もんじ)。その余りの大きさに、我が靴跡で描きながら、少しもそれと気づかなかったのだ。
 Kyofuo ……やっぱり「恐怖王」の六文字だ。
 ハテナ、さっきの空の煙幕が、地面に影を投げているのではあるまいかと、妙な気持になって、空を眺めたが、煙幕は已に溶け去って、そこには最早(もは)や何のくもりもなかった。
 すると煙の文字が、地上に落ちて、そのままあの砂浜へしみ込んでしまったのかしら。流石の探偵小説家も、頭がどうかしたのではないかと、疑わないではいられなかった。
 何という無駄な、馬鹿馬鹿しい、しかもずば抜けた賊の自己宣伝であろう。死人の肌の糜爛文字、米粒の表面の極微(ごくび)文字、そして今は又、大空の黒雲かと見まがう煙幕文字、地上の足跡の砂文字、これは一体どうしたというのだ。
 賊は悪魔の宣伝ビラを、所きらわず()き散らしているのだ。一分の米粒も賊の名刺だ。眼界一杯の大空も賊の名刺だ。
 気違いか? イヤイヤ気違いにこんな秩序ある(はな)(わざ)が演じられるものではない。彼奴(あいつ)は正気なのだ。正気でこのべら棒ないたずらをやっているのだ。こいつは大物だぞ! 布引照子さんの事件なんか、ほんの小手調べに過ぎないのだ。彼奴は今やっと、世間に彼奴の名刺をふり撒いているではないか。自己紹介が済めば、これより愈々本舞台という段取りなのではあるまいか。
 だが、そんなことを考えている時ではない。さしずめ曲者はあの乞食だ。蘭堂は乞食の歩くままに尾行したからこそ、あんな文字が現われた。つまりこの怪文字のかき手はあの乞食であったのだ。
 見ると、乞食()、いつの間にか五六町向うの海岸を豆の様に小さく歩いて行く。
「ウヌ、逃がすものか」
 蘭堂は石垣を駈け降りると、一散に乞食のあとを追った。五間、十間、二十間、(またた)く内に二人の距離はせばめられて行く。
 乞食奴、ふり返って追手(おって)を見ると、矢庭に駈け出したが、どうも余り駈けっこはお得意でないらしい。ヨタヨタと妙な恰好で走って行くが、到底のっぽの蘭堂の敵ではない。
「待て、聞きたいことがある」
 とうとう、追手の猿臂(えんび)が乞食の襟髪(えりがみ)にかかった。

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