二人は鍵のかかっているドアを開て、ソッと寝室に忍び込む。
見ると大きなベッドのまわりには、天井から蚊帳の様な薄絹が垂れて、その中にスヤスヤ眠っている京子の顔が、うっすりと見えている。
「よくやすんでいますわ。さっきわたしが見廻った時と少しも変ったことはありません」
夫人はホッと安堵の溜息をつく。
蘭堂は不躾にも、薄絹に顔をくッつける様にして、京子の寝顔を覗き込んでいたが、やがて、何に気附いたのか、ただならぬ様子で夫人の腕を捉えた。
「奥さん、ごらんなさい。京子さんの寝顔を。余り静かじゃありませんか。それにあの青さはどうでしょう」
「エ、何とおっしゃいます」
夫人はギョッとして、蘭堂を見つめた。
「奥さん、念の為に、京子さんを起して見て下さい。何だか変です」
夫人は云われるまでもなく、薄絹をまくって、寝台に近づき、白い毛布の上から京子の身体をソッと揺り動かした。
「京子さん、京子さん」
併し返事はない。
夫人は慌しく、毛布の下の娘の左手を探し求めて、それを握った。冷い、まるで氷の様だ。
「京子さん、どうしたのです。コレ、京子さん」
夫人はもう半狂乱の体で、握った手を強く引いた。
と、実に恐ろしいことが起った。
夫人は大きな音を立てて尻餅をついたのだ。京子の左手を握ったまま。非常に滑稽な図であった。それ故に一層物凄く恐ろしかった。
まるで人形の腕がもげる様に、京子の手がスッポリと抜けてしまったのだ。切口には幾重にも白布を巻いて、出血がとめてあった。
蘭堂は倒れた夫人はそのままに、いきなりベッドの毛布をまくって見た。毛布の下には、両手を失った、無残な京子のむくろが横わっていた。呼吸も脈搏も絶え果てて。毛布に覆われていた為にそれまで少しも気附かなかったが、シーツは毒々しく血のりに染っている。
「オイ、誰か来てくれ給え」
大声にどなると、見張り番の書生が二人駈け込んで来た。そして、京子の有様を見ると、アッと叫んだまま棒立ちになってしまった。
全く不可能なことが行われたのだ。二人の書生は一瞬間も持場を去らなかった。無論夫人の外には猫の子一匹寝室へ這入ったものはない。又出たものもない。