百貨店内の結婚式
ゴリラが捕縛された翌日の午後、アパートの書斎に考え込んでいた大江蘭堂の所へ、大型の西洋封筒に入った立派やかな招待状が舞込んだ。その文言は次の如くであった。
何かとお骨折り下さいました私達の結婚式を、愈々本日午後五時、D百貨店に於て挙行することに致しました。万障御繰合せ御列席の程願上[#ルビの「ねがいあげ」はママ]げます。
恐怖王
花園京子
果して、ゴリラ男は京子の死骸と結婚するのだ。イヤ、ゴリラ男ではない。この招待状には「恐怖王」となっている。いずれにもせよ、京子は賊の妻となって、死恥をさらさねばならぬのだ。
だが、場所もあろうに、D百貨店とは、しかも午後五時とは。何という大胆不敵、賊はあの大群衆の中で、恐ろしい結婚式を挙行する積りであろうか。
蘭堂は早速このことを、警視庁と花園家とへ電話で報告した。警視庁では直様D百貨店へ刑事が出張するという答えであった。
丁度電話をかけ終った所へ、ヒョッコリ喜多川夏子が訪ねて来た。
「大変なことになりましたわね。ゴリラの行衛はまだ分りませんの」
彼女は挨拶もしないで、そのことを云った。
「昨夜つかまったのです。併し、京子さんの死骸をどこに隠したかは、少しも白状しないということです」
蘭堂は今朝花園家の書生から聞かされたゴリラ男逮捕の顛末を、手短に語った。
「マア、人形に京子さんの服を着せて持歩いていたんですって。変ですわね。一体何の為にそんな真似をしたのでしょう」
「それが誰にも分らないのです。ゴリラは何にも云わないのです。イヤ、不思議はそればかりではありません。ごらんなさい。今こんな招待状が舞込んだところです」
夏子は結婚式の招待状を一読して、暫く黙り込んでいたが、ハッと嬉し相な叫び声を立てた。
「大江先生、あたし何だか分りかけて来た様な気がしますわ。エエ、きっとそうだわ。辻褄が合っているわ。あたし、名探偵になれ相な気がするわ」
蘭堂はこの若く美しき未亡人の、少々頓狂な性質を知っていたので、彼女の大袈裟な言葉にも、さして驚かなかった。
「何が分ったとおっしゃるのです」
「この招待状の意味がです。なぜD百貨店を式場に選んだのか、ゴリラ男がどうしてマネキン人形なんか持ち歩いていたのか、ということがですわ」
「ホウ、あなたはそれが分ったとおっしゃるのですか」蘭堂は面喰って聞返した。「D百貨店を式場に選んだことと、例の京子さんの服を着せられていた人形との間に、何か関係でもあるのですか」