「大ありよ」未亡人はさも自信ありげだ。「そこに謎を解く鍵が隠されているのですわ。一見して、何の関係もない様な、この二つの事柄に、凡ての秘密が伏在しているのですわ。オオ、嬉しい。先生にも解けない謎が、あたしに解けたんですもの」
「女探偵ですね」蘭堂はあっけにとられた。「その秘密というのを僕に教えてくれませんか」
「無論お教えしますわ」夏子は益々得意である。「でも、それよか、これから二人でD百貨店へ行って見ようじゃありませんか。そして、あたしの想像が当っているかどうか確めて見ようじゃありませんか」
蘭堂は何だか狐につままれた感じであったが、夏子の言葉が満更ら出鱈目とも思えぬので、兎も角自動車を命じて、この色っぽい未亡人と同乗した。
「で、あなたは、賊がD百貨店で……あんな雑沓の場所で、この奇妙な婚礼式を挙げると思うのですか」
走る車中で、蘭堂はまるでドクトル・ワトスンの様な、間の抜けた質問をしなければならなかった。
「エエ、そう思いますわ。雑沓すればする程、賊の思う壺なのよ。恐怖王のこれまでのやり方を見れば分りますわ。あいつは、悪事を見せびらかすのが大好きなんです。死人との結婚式を、大百貨店で挙行するなんて、如何にも恐怖王の思いつき相なことじゃありませんか」
「それは僕も同感だけれど……」
「先生、ゴリラ男がつかまったのは上野公園の近くでしたわね」
「エエ、……そして、D百貨店も上野公園の近くだというのでしょう。そこまでは分るけれど」
蘭堂は一寸くやし相な表情をした。
やがて車はD百貨店の玄関に到着した。
二人は、買物に来た夫婦の様に肩を並べて、店内に入って行った。
「一体この華やかな店のどこの隅に、恐怖王が隠れているのです。あなたは僕をどこへ連れて行こうとおっしゃるのです」
蘭堂は夏子に一杯かつがれているのではないかと疑った。
「六階よ。マア、あたしについて来てごらんなさいまし」
未亡人はすましてエレベーターの昇降口へ急いだ。
そこで、エレベーターを待つ間に、ふと蘭堂の注意を惹いたものがある。昇降口の壁に貼られた、一枚の美しいポスターだ。
「六階催し物」
「婚礼儀式の生人形と婚礼衣裳の陳列会」
模様の様な字で、そんなことが大きく書いてある。
「夏子さん、分りました。これでしょう。あなたはこの催しものがあることを、ちゃんと新聞か何かで知っていたのでしょう」
蘭堂は未亡人の耳の側で囁いた。
「そうよ。すっかり当てられちゃった。流石は先生ね。どうお思いになって? あたしの想像は間違っているでしょうか」
夏子はニヤニヤしながら云った。
「余り突飛の様ですね。併し、相手が恐怖王のことだから、或はあなたの空想が適中するかも知れませんよ。兎も角、急いで行って見ましょう」
二人はエレベーターにのって、六階へ上った。催し物場は黒山の人だかりだ。その人ごみを分ける様にして、婚礼人形の幾場面を見て行くと、最後に三々九度の盃の場面が飾りつけてあった。