竹の柵に押し並んだ見物の頭の上から、花婿人形と花嫁人形の、美わしく着飾った胸から上が見えていた。
「あれよ。若しそうだとすれば、きっとあれよ。前へ出て見ましょうよ」
夏子は蘭堂の手をとって、見物を押し分けて行った。
婚礼の飾り物をした、広い床の間を背景に、新郎新婦、仲人、夫々の親達、待女郎などが、生けるが如く飾りつけてある。
如何にも華やかな、はれがましい結婚式だ。若しこの花婿人形が恐怖王その人であり、花嫁人形が京子の死骸であったとしたら、賊の計画は実に見事に成功したものと云わねばならぬ。
だが、あのとりすました新郎新婦が、人形ではなくて、本物の人間だなどと、そんな馬鹿馬鹿しいことがあるだろうか。
「ねえ、先生、花嫁人形がすこしうつむき過ぎてやしないこと。顔が電燈の蔭になってますわね。人形師があんな下手な飾りつけをしたのでしょうか」
熱心に見つめていた夏子が、蘭堂の袖を引いて囁いた。
「ウン、少しおかしいですね。それに、あの顔はどこやら見覚がある」
「エエ、あたしもそう思うのよ。死顔に厚化粧ですもの、少しは相好が変る筈ですわ。一寸見たのでは京子さんに見えないけれど、でも、どっか似てやしないこと」
「そうです。見ている内に段々京子さんの俤が出て来た。それに、あの姿勢が人形にしては少しおかしいですね。店員を呼んで検べさせて見ましょう」
蘭堂は群集を抜け出して、一人の店員を呼止め、何事か囁いた。店員は最初の間、取合おうともしなかったが、段々真面目な顔になって、遂には真青になって、どこかへ駈け出して行った。
間もなく、年配の店員が常傭の刑事探偵二人を従えて駈けつけて来た。
見物達は、婚礼式の場面の前から追いのけられた。二人の刑事と蘭堂とが舞台に上って行った。
「やっぱりそうだ。これは人形じゃない」
一人の刑事が、近々と花嫁人形を覗き込んで叫んだ。
「だが、この手は両方とも、コチコチ云うぜ、確に人形の手だぜ」
今一人の刑事は、花嫁の両手を叩き合わせながら、不思議そうに云った。
「イヤ、この死人には両手がないのです。賊の為に切取られたのです。だから、手丈けは人形の手がつけてあるのです」
蘭堂はそう説明しながら、花嫁の顔に触って見た。木にしてはあまり冷い。その上、フカフカと弾力があるのだ。
「ヤア、ひどい匂だ。どうしてこの匂に気がつかなかったのだろう。近寄って見たまえ、たまらない匂がする」
刑事の一人が無作法に怒鳴った。
かくして、花園京子の死体は発見されたのである。
賊は確に彼の約束を実行した。衆人環視の百貨店内に於て、恐ろしき結婚式を挙行した。
だが、発見されたのは花嫁ばかりだ。花婿は一体どうしたのだ。お嫁さんばかりの婚礼式なんてないことだ。
すると、このとりすました花婿人形が、やっぱり本物の人間なのだろうか。若しやこれは、恐怖王その人の巧妙極まる変装姿ではあるまいか。
そう思うと、蘭堂は一種異様の戦慄を感じないではいられなかった。
彼はツカツカとその人形に近づいて、いきなり肩の辺をつきとばした。
すると、人形は、ガタンと音を立てて、坐ったままの形で、その場に転がってしまった。着附けがくずれて、半分しかない胸部があらわになった。
「オヤ、この人形の胸になんだか書いてあるぜ」
刑事はそれに気づいて叫んだ。
人々は転がった花婿人形のまわりに集った。その胸を見ると、確に、墨黒々と、文字が書きつけてある。
花婿恐怖王の役目を勤めたるこの人形、恐怖王の身替りとして逮捕なさるべく候
賊の余りと云えば傍若無人な冗談に、あっけにとられて、暫くは口を利くものもなかった。