そして、黒瀬は彼自身を手短に紹介した。それによると、彼は県の田舎の者で、父から仕送りを受けて、絵の勉強に出て来ている、美術学生であった。
「それはよくこそ。御承知の通り、僕はあいつにはひどい目に合っているのですから、恐怖王の正体をあばくのに参考になることでしたら、喜んで伺いますよ」
「あなたは、あのゴリラ男の外に、恐怖王と名乗る元兇がいるのだとお考えですか」
「無論そうだと思います。あの野獣みたいな男の智恵では、こんな真似は出来っこはありません」
「そうでしょうね。僕もそう思うのです。ゴリラというのが僕の知っている奴だとすると、そいつは子供程の智恵もないのですからね」
「あなたはどんな関係であいつを御存じなのです」
「僕のが、の手から買取ったのです。そして、十何年というもの、僕ので飼っていたのです」
「飼っていたんですって?」
蘭堂はびっくりして叫んだ。
「エエ、飼っていたんだよ。あいつはね。どうも純粋の人間ではない様に思われるのです」
黒瀬は恐ろしい事を云い出した。
「今度警察へとらえられても、檻の必要があるというのは、つまりあいつが人間ではないからです。香具師というものは、お金けの為には、どんな真似だってしますからね。あの半獣半人がこの世に生れて来たのには、何か恐ろしい秘密があるのではないかと思います。僕の親父はあいつの子供の時分、香具師があんまり残酷に扱うのを見兼ねて、半分に買取ったのですが、一年二年とたつに従って、後悔しはじめたのです。大人になるにつれて、あいつが恐ろしい野獣であることが分って来たからです。あいつは本当の猿の様に、どんな高い所へでも昇ります。天井をさかさまに這うことさえ出来ます。力は大人が三人でかかっても負ける程です。僕はあいつと一緒に育ったので、よく知っています。あいつが来てからというもの、僕の家は魔物のすみかになったのです。家中の者が気が違った様になってしまったのです」
「すると、あいつは、あなたの家から逃げ出した訳ですか」
「そうです。もう六年ばかり以前のことです。僕の家にをしていた男が、あいつを盗み出したのです。何の為にか少しも分りませんが、二人は――いや、一人と一匹とは、まるででもする様に、手に手をとって逃出してしまったのです。僕の家では結句いをしたと喜んだことですが……」
「なんだかゾッとする様なお話ですね。で、あいつは何という名前だったのです」
「と云うんです。以前の飼主の香具師がそう呼んでいたんです。つまり戸籍面は黒瀬三吉という事になっているんです」
「それから三吉を盗んで行った奴は?」
「イヤ、それはあとにして下さい。それが若しあの恐怖王だとすると、には云えない様な気がします。その前に僕は一度ゴリラ男を見たいのです。果して三吉だかどうだか確めたいのです。あなたのお口添えで、ゴリラ男を一見する訳には行きませんでしょうか」
「無論見せてくれると思います。警察ではゴリラの素性が分らなくて困っているのですからね。その上あなたが共犯者を見知っていられるとすれば、こんな耳寄りな話はありません。喜こんで見せてくれるでしょうよ」
そんな風に、二人の話はトントン拍子に進んで行った。
蘭堂は、警視庁へ電話をかけて、知合いの捜査課長に話をすると、すぐその人を連れて来てくれという返事であった。