「少しも知らないことだ。わしの子供達は一層無関係だ。父親の仇を、その子と孫が受けなければならぬ道理はない。君は血迷っているのだ。気が違っているのだ。無関係なわし等を苦しめて、どうしようと云うのだ」
玉村氏は必死に抗弁した。
「それが知り度いのですか。知りたければ、スクリーンの裏の煉瓦の中を検べてごらんなさい。私がどうして、こんな気持になったか、分り過ぎる程分りますよ」
云ったかと思うと、ガタガタと走り去る足音、バタンと締る鉄扉の音、そして、その外から聞えて来る、ゾッとする様な悪魔の笑い声。
一郎と二郎とは、闇の中を扉に突進して、それを開こうとあせったが、頑丈な鉄板は二人や三人の力で、ビクともすることではない。
電燈をひねって見たが、外のスイッチが切ってあると見えて、点火しない。
「駄目です。お父さん、僕達はとじこめられてしまいました」
「お父さま、兄さん、どこにいらっしゃるのです。あたし怖い!」
「しっかりするのだ。みんな気を落してはいけない。ナアニ、まだ助からぬと極った訳ではないよ」
親子兄妹が、恐ろしい闇の中で呼び交わした。
扉の外では、五十年以前に、玉村幸右衛門氏がやったと同じことが行われていた。悪魔は、鉄扉の外へ更らに煉瓦を積上げているのだ。コトコトという物音はそれに違いない。さっき通りすがりに見た、煉瓦の山は、その為に用意されてあったのだ。
「こう暗くては、どうすることも出来ない。マッチはないか」
玉村氏の声に応じて、一郎は所持のライターを点火した。
赤黒く見える煉瓦の穴蔵、暗闇よりは一層物すさまじき光景である。
どんなにあせって見ても、急に出られぬことは分っている。それよりは、兎も角、奥村源造の云い残して行った、壁の中を検べて見よう。ひょっとしたら、その奥の土を掘って、外へ抜け出せぬものでもない。
玉村氏はそこへ気づくと、一郎のライターをたよりに、壁の側へよって、そこに下っているスクリーンを引きちぎった。
そのうしろの煉瓦の壁は、ところどころ漆喰がとれて、たやすく抜き出せる様になっている。
三人の男は、力を合わせて、煉瓦の抜き取りにかかった。一枚一枚、煉瓦を取り去るにつれて、ポッカリと、地獄の入口の様な、真暗な穴が拡がって行く。
間もなく、二尺程の空虚が出来た。
「それを貸しなさい。一つ中を覗いて見よう」
玉村氏は一郎のライターを受取って、それをかざしながら、中へ首をさし入れて、闇の洞穴を覗いた。
覗いたかと思うと、彼はアッと叫んで、大急ぎで首を引いた。何とも云えぬ恐怖の表情、土気色の顔、鼻の頭に浮んだ玉の油汗、子供等は嘗つて、この様に恐ろしい父親の顔を見たことがなかった。
一郎も二郎も、それにおびえて、思わずあとじさりした。
妙子は、余りの怖さに、キャーッと絹を裂く様な、叫声を立てた。