善太郎氏は、煉瓦の壁に凭れて、全身をねじ曲げ、両手は空を掴み、額には蚯蚓の様な静脈をふくらませて、今にも窒息しそうに悶えていたが、ゾッとしたことには、その格好が、源次郎の骸骨が示していた苦悶の有様と生写しなのだ。
骸骨はと見ると、洞穴を歩き出したまま、まるで善太郎氏の影の様に、寸分違わぬ姿勢で、すぐ隣の壁に凭れていた。
「キャーッ」という妙子の悲鳴、一郎と二郎も何か訳の分らぬことをわめきながら、父の奇妙な姿に飛びかかって行った。死霊のたたりを追っ払おうとしたのだ。
父子三人は折り重なって部屋の隅に倒れた。倒れると同時に、眼の前に、真黒な無数の玉が群がって来て、何が何だか分らなくなってしまった。
ふと気がつくと、フイルムの山は已に燃え尽して、立ちこめた煙もやや薄らいでいたが、椅子テーブルに移った火が、まだメラメラと燃えていた。
一郎と二郎は、よろよろと立上ると、それに近づき、椅子やテーブルを投げつけ、踏みくだいて、火を消した。むせ返る煙を、少しでも少くしたかったのだ。
悉く踏み消した積りで、元の場所に帰って、グッタリと倒れたが、どういう訳か、まだ部屋の中が薄明るく、チロチロと自分達の影が動いて見える。
変だなと思って、その方を振向くと、分った分った。源次郎の骸骨の、ボロボロになった着物に火が移って、チョロチョロと鬼火の様に燃えているのだ。
着物が湿っているので、威勢よくは燃え上らぬ。青い焔が、着物の裾や袖を、人魂みたいに、不気味に這っている。
明滅する焔に、下方から照らし出された骸骨の顔は、陰影の加減で、ある時は笑い、ある時は泣き、或は落ち窪んだ目を怒らせ、今にも食いつかんばかりの、物凄い憤怒の形相となる。
妙子は失神した様に俯伏していたから、この恐ろしい光景を見なかったけれど、残る三人は、見まいとしても引きつける、死霊の怨念に、目をそらす力もなく、呼吸も止まる思いで、それを眺めていた。
突然二郎が歯を喰いしばって唸り出した。
「畜生め、畜生め」
唸ったかと思うと、彼はとうとう、物狂わしく、骸骨めがけて飛びかかって行った。見ているに耐えなかったのだ。恐ろしければ恐ろしい程、その相手にぶつかって行かないではいられぬ、不思議な衝動にかられたのだ。
彼は、子供が泣きわめきながら、強い相手に向って行く、あの死にもの狂いの格好で、両腕を滅茶滅茶に振り動かし、燃える骸骨と、目に見えぬ死霊に向って突進した。