行って見ると、洞穴の入口は、蓬々と生い茂った雑草に覆われて、一寸見たのでは少しも分らぬ様になっていた。
その雑草をかき分けて、用意の小型懐中電燈を点じて、穴の中へ這い込んで見たが、大方想像していた通り、そこにはもう、人の影もなかった。
「アラ、こんなものが落ちていましたわ」
文代が目ざとく、土の中から拾い上げたのは、銀製のヘヤピンである。見覚えとてないけれど、妙子さんのものに相違ない。
「やっぱりそうだ。もう今頃は、あいつの船へ連れ込まれている時分かも知れません。サア、船へ行きましょう。まさか、あなたを置去りにして出帆してしまうこともないでしょう。僕をその船へ案内して下さい」
「エエ、それはもう、あたし覚悟していますけれど、あなたお一人では……」
「ナニ、心配することはありません。グズグズしていては、手おくれになります。それに大勢で向うよりも、僕一人の方が却って仕事が仕易いのです。僕はもうちゃんと、その手だてを考えてあります」
そこで、二人は手を取って、大通りまで駈け出すと、タクシーを傭って、隅田河口へと飛ばした。
文代の指図で車の止った所は、月島海岸の見渡す限り人気もない、淋しい広っぱであった。川口の航路をさけて、遙か彼方に、一艘の小型汽船が、泊るともなく漂うともなく浮んでいる。淡い檣燈の光で、やっとその所在が分るのだ。
「何か合図があるのですか」
親船から艀を呼ばねばならぬ。それには賊の定めた合図がある筈だ。
「エエ」
文代は答えて、ポケットからマッチを出すと、それをシュッとすって、二三度振り動かし、燃えかすを海の中へ投げ捨てた。
暫く待つと、ギイギイとオールのきしり、小型ボートが白い小波を立てて、岸に近づいて来た。
明智はす早く岸の石垣に隠れる。
「文ちゃんかい」
ボートから低い声が尋ねた。
「エエ、お前、三次さん?」
「そうだよ。もう親父さん帰っているぜ。文ちゃんはどこへ行ったと、えらく探していたぜ」
「お父さん、一人で帰ったの」
「インヤ、例のお嬢さんと二人連れさ」
低い声だけれど、明智はこの問答を、すっかり聞き取った。
「三次さん、ちょいとここまで上ってくれない。荷物があるのよ」
文代は兼ねての打合わせに従って、三次を上陸させようとした。
「荷物だって、何を又買い込んで来たんだね」
それとも知らぬ、お人好しの三次は、ボートをもやって、ノコノコと石段を上って来た。
「文ちゃん、荷物って、どこにあるんだい」
「ここよ」
「どれ、どこに」
と、三次が覗く石垣の蔭から、ヌッと現われた黒い人影。
「ヤ、貴様、一体誰だッ」
「ハハハハハハ、びっくりしなくてもいい。声さえ立てなければ、無闇に発砲する訳じゃないんだから」
明智がおとなしい口調で答えた。だが彼の右手には、ピカピカ光るピストルの筒口が、三次の胸板を狙っている。