ポケット小僧
お話は、すこし前にもどって、ヘリコプターが、日比谷公園の広っぱに着陸したところからはじまります。
ヘリコプターのまわりに集まっている新聞記者や、やじうまの中に、三人の小さな子どもがまじっていました。
三人とも、浮浪少年のような、きたないなりをしていましたが、その中に、まるで幼稚園の生徒のような、小さい少年がいました。
この三人は、小林少年の命令で、ここへやってきた、チンピラ隊の少年たちでした。いちばん小さい少年は、ポケット小僧と呼ばれているチンピラ隊員です。
この三少年は、ばらばらにはなれて、大ぜいのおとなのあいだを、りすのようにくぐりぬけて、ぬけめなく見はりをしていました。小林団長から、四十面相を見はっていて、なにかあやしいことがあったら、知らせるようにと、いいつけられていたのです。
四十面相をとらえたら、日比谷公園の広っぱまでつれてくることは、ヘリコプターに乗るまえからきまっていたので、小林君は、あらかじめチンピラ隊に連絡して、はやくから公園へきているようにさしずしておきました。チンピラたちは、ひまなからだですから、いくらながく待っていても、へいきなのです。
三人のチンピラの中でも、いちばんすばしっこくて、頭のはたらくのはポケット小僧です。かれは、からだが小さいので、おとなのまたのあいだを、くぐって歩くことができます。
「おや、だれだッ、ぼくのまたのあいだをくぐったやつは?」
びっくりして見まわしても、ポケット小僧は、もうとっくに人ごみの中へすがたをかくしているのです。
そうして、あちこちとくぐり歩いているうちに、ポケット小僧は、へんな男を見つけました。
その男はとりうち帽をまぶかにかぶり、大きなオーバーを着て、四、五人の新聞記者のような人たちにとりかこまれていましたが、ポケット小僧は、その人のまたのあいだをくぐったときに、へんなことを見てしまったのです。
その男はズボンをはかないで、ぴったり足にくっついた、まっ黒なズボンしたのようなものをはいていました。まるでサーカスの曲芸師のようです。
「へんなやつがいるな。」
と思ったので、ポケット小僧は、その男のそばをはなれないようにして、気をつけていましたが、すると、ヘリコプターから四十面相がひきおろされ、あのさわぎがはじまったのです。
黒シャツの四十面相は、警官の手をふりきって、こちらの人ごみの中へ、とびこんできました。
それから、じつに、ふしぎなことが、はじまったのです。
新聞記者らしい四、五人の男が、かけこんでくる四十面相の手をとって、あのあやしいオーバーの男のそばへひきよせました。そして、手ばやく男のオーバーをぬがせると、それを四十面相に着せてしまいました。とりうち帽もとって、四十面相にかぶせたのです。
オーバーと、とりうち帽をとられた男は、四十面相とそっくりのすがたをしていました。黒シャツに黒ズボンでした。顔もどこかにているのです。
新聞記者のような人たちは、そのへんな男を、人ごみの前のほうへつきだしながら、くちぐちに叫ぶのでした。
「こいつだ、こいつだ。こいつが、いま、人ごみの中へ、かくれようとしたんだ。」
そして、その男を、警官たちにひきわたしたのです。
顔もにているし、服装がまったくおなじなので、警官たちは、かえだまとは気づかず、その男に手錠をはめて、むこうへつれていってしまいました。
四十面相がつれていかれたので、新聞記者や、ものずきなやじうまは、あとから、ぞろぞろついていきましたが、大部分はそのまま、公園のそとへひきあげていき、あたりは、すっかりさびしくなってきました。
オーバーにとりうち帽の四十面相は、すばやく公園のすみのほうへ走っていって、こんもりとしげった林の中へ、すがたをかくしました。
ポケット小僧は見うしなってはたいへんだと、こっそり、そのあとをつけました。小さな子どもですから、べつにあやしまれることもありません。そのうえ、小僧は尾行の名人ですから、まだそのへんにいたおとなたちに、さとられるようなへまはやりません。
このことを明智先生や小林少年に知らせたいのですが、そのひまはなかったのです。四十面相はヘリコプターのはんたいのほうへ逃げたので、あとにもどって知らせていたら、見うしなってしまうかもしれないのです。なかまのチンピラがそばにいたら、知らせてくれるようにたのむこともできたでしょうが、ふたりのチンピラは、どこへいったのか、すがたが見えません。