恐ろしい番人
その巨人の顔の前は広っぱになっていて、いっぽうのすみにヘリコプターがおいてあります。ポケット小僧はヘリコプターのそばへいき、操縦席にのぼりついて、その中をしらべてみました。
こしかけのうしろに、ズックでつつんだ四角なかごがおいてあります。中をのぞいてみると、キャベツのきれはしが、ころがっていました。
このかごは、どこかの町で食料品をしいれて、ここへはこぶときに、つかうのでしょう。
ポケット小僧は、その大きなかごを見て、にやりと笑いました。うまい考えがうかんだからです。
「行きはかばんの中、帰りはかごの中か。ウフフフ……。おれもなかなか知恵があるなあ。」
そんなひとりごとをつぶやいて、ヘリコプターをおりましたが、そのとき、どこかから、みょうな叫び声が聞こえてきました。
「ギャアッ、ギャアッ!」
というようなへんな声です。鳥がないているのでしょうか。深い山の中ですから、どんな恐ろしい鳥がいるかわかりません。
ポケット小僧は、びっくりして、声のするほうを見ました。広っぱには、なんにもおりません。そのむこうの森の中から聞こえてくるのです。
おずおずと、そのほうへ近づいていきました。森には何百年もたったような大きな木が、見とおしがきかないほどしげっていました。それらの木の幹にはつたがまといつき、はいあがり、映画で見たジャングルのようなありさまです。どこかから、ターザンの「ヤッホ……。」という叫び声が聞こえてきそうなけしきです。
「ギャアッ、ギャアッ。!」
そのとき、ついまぢかで、あのみょうななき声がしました。
ポケット小僧は、おもわず逃げごしになりながら、木のあいだをすかして見ますと、五、六メートルむこうの暗い森の中に、なんだか黄色いようなものが、ぶらんぶらんと、ぶらさがっているのが見えました。
鳥ではありません。ねこのような動物です。そいつが、あと足をつたにまかれて、木の上からぶらさがっているのです。
まきついたつたをとこうとして、いろいろに身をくねらせるのですが、どうしてもとけません。ぶらんこのように、さかさまにぶらさがったまま、あのみょうななき声をたてて、助けをもとめているのです。
ポケット小僧はそれを見て、「ねこならなんでもないや。」と思いながら、もっとそばまで近づきました。
足をつたにしめつけられ、ギャアギャアいって苦しんでいます。
かわいそうになってきました。
「よし、いま、おれがはずしてやるからな。待ってろよ。」
せのびをして、宙でもがいているねこをだきとり、足にからまっているつたをといてやりました。
ねこは、ポケット小僧の胸に頭をすりつけて、じっとしています。助けてもらったのを、よろこんであまえているのです。
その頭をなでてやりながらよく見ますと、どうもようすがおかしいのです。ねこにしてはすごい顔をしています。みけねこのように見えますが、黄色と黒のしまがもっとはっきりして、なんだか虎のような感じです。ひょっとしたら、これは、虎の子ではないのでしょうか。
そう思うと、ポケット小僧はこわくなってきました。じっとこちらを見ている青く光る目が、だんだんものすごくなってくるのです。
そのときです。
「ごうッ……。」
という恐ろしいうなり声が聞こえました。だいているねこではなく、もっとむこうのほうから、ひびいてきたのです。
びっくりして、そのほうを見ますと、木の幹のあいだを、ちらっと黄色いものが、よこぎりました。黄色に太い黒のしまのある動物です。
「アッ、虎だッ!」
とおもうと、ポケット小僧は、もう身うごきができなくなってしまいました。
そいつは、ヌウッと大きなものすごい顔をあらわし、のそりのそり、こちらへ近づいてきます。大きな虎です。いまたすけてやった虎の子の親かもしれません。
ああ、わかりました。四十面相の部下が、「恐ろしい番人」といったのは、こいつのことだったのです。
四十面相は、いぬのかわりに、この大きな虎をかって、奇面城の番をさせているのでしょう。
ポケット小僧は、いまにもこの虎にくわれてしまうのかと、生きたここちもありません。といって、逃げだそうにも、足が動かないのです。らんらんとかがやく大きな目で、じいっとにらまれると、電気にでもかかったように、身がすくんでしまうのです。
虎はもう、すぐ目の前にきていました。はっはっと、くさい息がこちらの顔にかかるほどです。
すると、ポケット小僧にだかれていた虎の子が、うでからとびだして、大虎のそばへかけよって、じゃれつくのでした。
大虎は、虎の子のからだをなめてやりながら、さもかわいくてしかたがないというように、目をほそくしています。
そのようすでこの大虎は、父親ではなくて、母親のように思われました。
しばらくすると大虎は、また、「ごうッ……!」とうなって、ポケット小僧のほうを見ました。しかし、べつに危害をくわえるようすもありません。なんだか、「ぼうやを助けてくださって、ありがとう。」と、おれいをいっているように見えました。
ポケット小僧は、からだは小さくても、だいたんな子どもですから、それを見ると、すっかり安心して、そっと手をだして、大虎の頭をなでてみました。
ガッとくいついてくるかとおもうと、そうではなくて、目をほそめて、おとなしくしています。恩人のポケット小僧に、すっかりなついてしまっているのです。
「きみは、恐ろしい顔をしているが、心はやさしいんだね。よしよし、じゃあ、いつかまた、きみのやっかいになるときがあるかもしれないよ。」
ポケット小僧は、人間に話しかけるようにそんなことをいって、しばらく虎の頭や首をなでていましたが、四十面相が、朝のさんぽから帰ってきて、みつかるとたいへんですから、いそいで奇面城の洞窟のほうへ、ひきかえすのでした。
親子の虎は、それを見おくって、のそのそついてきます。
そして、洞窟の前まできたとき、またしても、どこからか、「ごうッ……!」という恐ろしいうなり声が、ひびいてきました。
うしろからついてくる、二ひきの虎ではありません。洞窟の入口にならんで、いくつも小さなほら穴があるのですが、いまの声は、そのほら穴の中から、ひびいてきたようです。
それじゃ、まだほかに虎がいるのかと、びっくりして立ちどまっていますと、そのほら穴のひとつから、ヌウッと大きな虎がすがたをあらわしました。こいつは、さっきの虎の子の父親かもしれません。
「ごうッ……!」
そいつは、ほら穴から全身をあらわして、もういちどうなり声をたてました。
すると、うしろにいた母親らしい虎が、そこへ歩いていって、顔をつきあわせて、なにか知らせているようでした。
「あの子を、助けてくださったのよ。」といっているのかもしれません。
二ひきの大虎は、顔をそろえて、ポケット小僧のほうを見ました。やさしい目をしています。
「ありがとう。」と、おれいをいっているのでしょう。
ポケット小僧は、恐ろしい猛獣がそんなにやさしくしてくれるので、すっかりうれしくなってしまいました。親子三びきの虎と、もうすこし遊んでいたいと思いましたが、四十面相や部下のものに見つかってはたいへんですから、いそいで三びきの虎のほうへ手をふって、わかれをつげると、そのまま洞窟の中へはいっていきました。