おそろしくでっかいやつです。からだは、まっ黒で、おさらのような二つの目玉が、ギラギラ光っています。胴体の長さは、五メートルもあるかと思われます。そいつが、むこうの、暗やみの中から、スーッと、こちらへ近づいてくるのです。
小林君は、ギョッとして、ものも言えなくなってしまいました。
それは、クジラよりは小さいけれど、サメよりは、ずっと大きく、なによりもおそろしいのは、金魚の目のように、とびだした二つの目玉が、ランランとかがやいていることでした。
その怪物がスーッと、こちらの明かるいほうへ出てきますと、黒く光った全身が、はっきり見えました。せなかに、白いコブのようなものがあります。さしわたし一メートルぐらいの、おわんをふせたようなかたちで、それがガラスのように、すきとおっているのです。
小林君は、こんなみょうなかたちの、さかながいるなんて、聞いたことも、本で読んだこともありません。しかも、隅田川の入り口に、こんな大きなやつが、およいでいるとはまるで夢のような話です。さかなのお化けかもしれません。クジラのゆうれいかもしれません。
そいつは、おそろしく光る、大きな二つの目で、小林君をにらみつけながら、こちらへやってくるようです。グングン近づいてきます。もし、このいきおいで、まっすぐにすすんでくれば、窓ガラスにつきあたって、ガラスがわれ、部屋のなかに、ドッと、水がおしよせてくるかもしれません。小林君は、まっさおになって、窓のそばから、逃げだそうとしました。すると、軍服の少年が、小林君の腕をつかんで、
「だいじょうぶだよ。こわくないんだよ。」
と、にこにこしながら、言うのでした。
すると、そのとき、怪魚は、クルッとむきをかえ、そのまま、スーッと左のほうへ、およいでいきました。そして、窓からは、もう見えなくなってしまいました。
ところが、その窓から見えなくなろうとするときに、小林君は、じつに、なんともいえない、ふしぎなものを見ました。
大怪魚のせなかに、大きな、おわんをふせたようなすきとおったコブができていることは、まえに書きましたが、そのコブの中で、なにか動いているような気がしたのです。
しかも、それが、なんだか人間の顔のように見えたではありませんか。怪魚のせなかに、どうして人間がはいっているのでしょう。それとも、あれは、怪魚の子どもだったのでしょうか。カンガルーが、自分の子どもを、おなかのふくろの中にいれているように、この怪魚は、自分の子どもを、せなかのすきとおったコブの中に、いれているのでしょうか。
「きみ、いまの、見た? せなかのコブの中に、なんだか、いたね。」
小林君が言いますと、軍服の美少年は、こともなげに答えるのでした。
「見たとも。人の顔だったね。」
小林君は、あいてが、あんまりへいきなので、びっくりしてしまいました。
「きみ、こわくないの? あんなおそろしいものを見て、へいきで、笑っているなんて。」
「ちっとも、こわくなんか、ありゃあしないよ。ぼくは、見なれているんだもの。」
「ヘエー、見なれているの? じゃあ、このへんには、あんな大きな、クジラの子どもみたいなさかながすんでいるの?」
すると、美少年は、また、すずをふるような声で笑いました。
「きみ、ここは隅田川の入り口だよ。あんな大きなさかなが、すんでいてたまるもんか。」
「じゃあ、いまの、なんだったの? あれ、さかなじゃないの?」
「さかなじゃないさ。いまにわかるよ。きみは名探偵じゃないか。あててごらんよ。」
美少年は、からかうようにそんなことを言って、にこにこ笑っています。
それを聞くと、小林少年は、ハッと、あることに気づきました。ああ、そうだったのか。きっとそうにちがいない。さすがは虎井博士だなあと、しきりに感心するのでした。読者諸君、小林君は、いったい、何に気づいたのでしょうか。
それから五分もたたないうちに、こんどは、部屋の中に、みょうなことが、おこりました。