水底の怪人
部屋の一方から、カタンという、かすかな音が聞こえたので、思わずそのほうをふりむきますと、そこのコンクリートのかべに、直径一メートルほどの、丸いすじがついていました。そして、そのすじが、だんだん太くなっていくのです。
どうして、丸いすじが、太くなるのでしょう。ああ、わかった。丸い扉なのです。銀行の地下室にある、金庫の扉のようなかたちの、コンクリートの扉なのです。かべに、丸い穴があいていて、そこに、かべと同じ厚さのコンクリートの扉がついているのです。ちょっと見たのでは、わからないような、かくし戸なのです。
みるみる、その丸い扉がひらいて、ポッカリ黒い穴があきました。そして、そこから、まっ黒な人間がとびだしてきました。
小林君は、またしても、ギョッとしましたが、よく見ると、それが虎井博士だったのです。雑誌なんかの写真で、顔はよく知っていました。長いかみの毛をうしろにたれ、黒ぶちのロイドめがね、ピンとはねあがった奇術師のような口ひげ、三角がたにかりこんだあごひげ、博士にちがいありません。
それにしても、博士は、なんというへんな服装をしているのでしょう。ピッタリ身についた、黒のメリヤス・シャツとズボン下のようなものを着ているのです。まるで、ブラック・マジックに出る手品師か、絵にある西洋悪魔のようです。
博士は、丸い穴を出てくると、いきなり、ワハハハ……と笑いました。笑うたびに、ピンとはねあがった口ひげが、ピクピク動くのです。そして、笑いながら、こわきにかかえていた黒いマントのようなものを、はおりました。胸だけをかくす、みじかいマントです。それを着ると、博士は、いっそう西洋悪魔のように見えるのでした。
「やあ、小林君、よく来たね。マア、かけたまえ、いろいろ話すことがある。」
博士はそう言って、自分も、部屋のまんなかの大きなイスに、ドッカリと腰かけました。小林君と、博士の助手の少年も、テーブルをへだてて、それぞれ、イスに腰かけました。
「明智先生も、あとから来られます、ぼく、先生のおゆるしをえて、さきにうかがったのです。」
小林君が、あいさつしますと、博士は、にこにこして、
「ウム、よろしい。明智先生には、一、二度あったことがある。えらい探偵だ。わしも、学者にならなかったら、探偵になっていたじゃろう。学者のしごとも、探偵のしごとも、まあ、似たようなものだからな。」
小林君は、博士のことばが、とぎれるのをまちかねて、いちばん聞きたいことを、たずねました。
「先生、ぼくたち、いま、へんなものを見たんです。クジラの子どもみたいな、大きなさかなでした。あれは、ほんとうのさかなじゃないのですか。もしや、先生がおつくりになったのではありませんか。」
「ワハハハ……。」博士は、またしても、からだをゆすって笑いました。「そうか、きみは見たんだね。あれも、わしの発明の一つさ。いまにわかるよ。いまに見せてあげるよ……。ところで、きみや明智先生にあいたかったのは、れいの宇宙怪人の一件だ。」
博士は、話をわきにそらせてしまいました。
「こんどは、わしがねらわれているのだ。しかし、わしも、これで科学者のはしくれだ。けっして、あんな怪物に、まけてはいないよ。科学の力でたたかってやる。そして、できるなら、あいつを、いけどりにしてやりたいと思っている。小林君、わしが、こんな水の底の部屋に、かくれているのを見て、怪物がこわいので、逃げているのだと思うかもしらんが、けっしてそうではない。じつは、これが、わしの計略なのだ。見ててごらん、いまに……。」
博士は、そこで、フッと、ことばをきって、しばらくだまっていましたが、やがて、なにか、思いついたらしく、ポンと、ひざをたたいて、
「おお、きみに見せるものがあった。おもしろいものを見せてあげる。」
と言って、ニヤニヤ笑うのでした。
「なあに、たいしたものじゃない。わしのつくったテレビだよ。しかし、そこにうつるものが、おもしろいのだ。サア、見てごらん。」
博士は、テーブルの横においてある、テレビジョンのスイッチをいれました。すると、四角なガラスの表面がチラチラして、どこかのけしきが、あらわれてきました。
なんだか、見たようなけしきです。木の多い庭が見えます。西洋のお城のような、まるい塔があります。ああ、わかった。虎井博士のうちの庭です。そこに、だれか人がいます。むこうから歩いてきて、いま、立ちどまったところです。びっくりしたような顔をして、こちらを見つめています。背広を着た三十歳ぐらいの男の人です。