「ほら、こんなにして青い蚊屋が吊れるのよ。」
と教えて下さって、みんなで競って蚊屋を吊った。小学生のオカッパの私が蘇って、目の前に見えるような心地がする。
畑の草とりに疲れた昼前、青田風の過ぎる畦ぎわに、蚊屋吊草がたくさん生えている。一本をとり子供の頃を思い出して蚊屋を吊って見る。おや、吊れない。どんなにしてたかな。茎を三つにさいたのは覚えているが、どうしても吊れない。幼い頃はすぐに吊れていたのに。何回くり返しても駄目である。子供の頃はこの草を見れば、しゃがんでよく吊ったものなのに、一体どうしたの。よく見ると、とても美しい形をして古風な草に気付く。線香花火のすすきに唐松が、きれいに
しょうしゃ
パッ、パッ、と開いて散ったような、とても 瀟洒な姿である。あらためてその姿に惚れぼれとする。細くてしなやかな葉も素敵。とうとう三本を拔いて帰り、五年生になる男の孫にこの蚊屋吊草四角に吊って見てと頼む。
「ウン、おばあちゃん、蚊屋吊草だろう。いつか先生が理科で言ってたけど、ぼく蚊屋なんか吊れないよ。そんな事知らんもん。」
としより
悲しい返事である。 老人が蚊屋吊草の蚊屋が吊れない。保母をしている嫁ならばと、すけだちを頼む。
「どんなに吊るのか知ら、聞いた事あるけど、知りませんネエ。」
また悲しくなる。こんな情緒のある草あそびが老人にまで忘れられ消滅してゆくのは、惜しくてとても悲しい。やがては蚊屋吊草なんてどんな草か、きっと忘れられてしまうかも知れない。私でさえもう吊れないのだから。三角形の角ばった茎を手際よくさいて、ま四角な蚊屋が簡単に吊れていた様に覚えている。
ますぐさ
ま四角になるので 升草とも言われるそうだが。遂に息子に聞いて見るが判らず、年配の人に尋ねてみたらと言う返事。どうしても自分で吊って見たいと、蚊屋吊草を見付けては、何回も何回も挑戦する。とりことなって一生懸命に、そして、やっと、やっと出来上る。
三角形の茎の稜線を三等分に大事にさいて、それを二分の一に折り曲げて、二方の茎でま四角な蚊屋を作り、残った一方を持って青蚊屋を吊るす。ああ、うれしい。吊れた、吊れた。小学生のように喜んで、孫にも息子にも、夫にも見せた。美しい青蚊屋である。
こんな草あそび、幼い思ひ出と共に大切に覚えて置きたい。大ばこの草相撲。ぺんぺん草の鈴ならし。えのころ草のひげあそび等、懐かしい自然の動植物が文化の陰に、しだいに打ち消され、忘れられ、名前も姿もなくなってゆくのは、私だけの悲しみであろうか。寂しい限りである。
今私の裏庭では畦から持ち帰った蚊屋吊草の二本が、毎夕水を貰いながら、すすきに唐松様の花を精一杯に咲かせている。