二
十日ばかり前のことでした。新緑がすがすがしいしいの木の下で、たたみやが、しごとをしているのを、かね子さんは、立って見ていました。いつか赤いインキをこぼして、お父さんにしかられてすぐインキけしでふいたけれど、どうしても、そのあとがとれなかった茶の間のたたみも、新しい青い草のかおりのする表にかえられました。
もうこれから、毎日あのよごれた、たたみを見なくてすむのであります。そんなことを思って見ていると、おもしろいように、ほうちょうの刃が入ります。するするとござが切れていきます。そのあとを太い針が、すいすいとぬって、じょうぶな糸を通していきます。半畳のところへくると、半分だけござが残りました。かね子さんは内へかけこんで、
「お母さん、新しい半分のござが残ったの、どうするの?」と、ききました。
「しまっておけば、入用のことがありますよ。」
「ねえお母さん、私にちょうだいよ。」
「なんにするんですか。」
「私、おままごとのとき、しくんですの。」
「そんなら、大きいのがいいでしょう。」
「私、古いのはいや、新しいのがいいの。」
「あげてもいいですよ。」
かね子さんは、喜んで、半分のござをもらって、物置の中へしまっておきました。
いま善ちゃんや、勇ちゃんや、信ちゃんたちが、べいごまをするのに、ござがなくなってこまっているのを見て、しまっておいたござを、思い出したのです。それでかしてあげましょうかと、いったのでした。
「ばか。」と、兄さんにしかられて、かね子さんは顔を赤くしました。けれど、自分のものを、かしてやって、しかられるわけはないので、
「物置にあるわよ。」と、かね子さんはいいました。
「あれは、ぼくんだい。」と、小山は、妹をにらみました。
「いいえ、あれは、私のよ。」
「ぼくが、手工をするのに、お母さんからもらったんだい。」
友だちは、二人の方を見ていましたが、
「小山くん、かしてね。」と、信一が、いいました。けれど、小山はだまっていました。
「ねえ、辰雄くん、いいだろう。」と、善吉がいいました。
「ぼく、べいを持っていないから、つまんないもの。」と、小山が答えました。
「ござをかしてくれれば、一つあげるよ。」と、勇二が、いいました。小山は、急に、たのしそうな顔色になりました。
「ほんとうかい。」と、小山は、かけだしました。
「だれが、うそをいうもんかね。」と、武夫と勇二は、顔を見あって、にっこり笑いました。
小山は、ござをかかえて、もどってきました。このとき、かね子さんは、
「光子さん、あっちへいって、じゅずだまを取りましょうよ。」と、いいました。草むらの中には、つゆくさがむらさきの花を咲かせていました。へびいちごの赤い実が、じゅくしていました。あちらでは男の子たちが、べいにむちゅうになっています。
「ござが新しいから、気持ちがいいね。」
「勇ちゃんの角は強いなあ、辰ちゃんの一つしかないべいがすっとんでしまった。」と、善ちゃんが笑いました。
小山は、しょげてしまいました。せっかく、勇ちゃんがくれたのに、また勇ちゃんに取られてしまったからです。
「ぼくが、一つあげよう。」と、こんどは、武夫が一つこまを小山にやりました。
「やりとりしっこなしなんだろう。」
「うそっこでは、つまんないや。」
「わかると、先生にしかられるよ。」
「ああ、いちばんあとで、みんなかえそうや。」
みんなで、そんなことをいっていると、
「ぼく、もうかえろう。」と、小山がいいました。
「かえるの? もっとあそんでおいでよ。」
「勉強しないと、お母さんにしかられるもの。」
小山は、しいてあるござを取りかかりました。
「辰ちゃん、かしておきよ。すんだら持っていくから。」と、武夫がいいました。
「よごすと、手工のとき、こまるもの。」
「そんな、いじわるをいうもんでないよ。」
「ほんとうだい。ござがなければ、べいができないじゃないか。」と、勇二が、おこり出しました。
小山は、こういわれると、ござにかけた手をひっこめました。
「辰ちゃん、べいを一つあげよう、これは、ほんとうに、君にあげるのだよ。」と、善吉が、こまをやって、小山のきげんを、なおそうとしました。
「さあ、みんなでやろう。辰ちゃん、もうすこしあそんでいたって、いいだろう。」
こういいながら、信一は、ブーンとうなりをたて、こまをござの上へ投げ入れました。こまは元気よくまわりました。そこへ善吉も、勇二も、武夫もいっしょにこまを投げ入れました。
こまは、たがいにふれ合って、ぱっぱっと火花を散らしています。ややおくれて、辰雄ももらったこまを投げ入れました。辰雄のこまもすごいいきおいを出してまわっていたが、けっきょく武夫のこまが、どれもこれも、はじきとばして天下を取りました。また、小山は、こまを一つも持たなくなったのです。そのさびしそうなようすを見て、信一は、
「辰ちゃんに、一つあげよう。」と、いって、ひらたい、ぴかぴか光ったのをやりました。
「おお、そのべたをやるの。」と、勇二が、目をまるくしました。
「かしてあげたのさ。」と、信一は答えた。そうきくと、なんと思ったのか、
「いらない。」と、いって、辰夫は[#「辰夫は」はママ]、そのこまを信一の手に返しました。
「どうして。」と、信一は小山の顔をふしぎそうにのぞきこみました。
「ぼく、もうかえるんだよ。」
「ほんとうに、これ、君にあげるよ。」
「ぼく、もうかえるんだ。」
小山は、こういって、また、ござを取りにかかりました。
このとき、じっと小山のすることを見ていた善吉が、
「いじわるのけちんぼめ。」と、いって、小山のござを、自分のはいていたくつで、ふみにじりました。
「何するんだ。」と、小山は、善吉を、おしたおそうとしました。ひょろひょろとなった善吉は、
「なにを。」と、小山に、とびついていきました。