三
「おい、けんかは、およしよ。」と、信一が、いいました。
「いじわるをするから、けんかになるんだ。」と、みんなが小山の顔を見ました。
「ぼくのござだもの、かってじゃないか。」と、小山は、顔を赤くしながらいいました。
「そのかわり、べいをやったろう。」
「こんなもの、ほしくはないよ。」と、小山は、一つの手に持っていたべいを、なげすてました。
「急に勉強するなんて、いわなくていいね。」と、武ちゃんが、いいました。
「勉強のことなんかいうのは、てんとり虫のいうことだ。」
「いらんおせわだよ、だれかみたいに、ランドセルなんか、もらわないからいいよ。」
「なんだと。」
武ちゃんは、はずかしめられたので、小山のござをめりめりと引きさきました。
「やあい、いいきみだ。」と、勇ちゃんが、手をたたきました。
小山は、しくしくと泣いて、かえりかけました。
「いいか、おぼえておれ。」と、小山は、泣きながら、こちらをふりかえりました。
「いいとも、あそんでなんかやらないから。」と、善ちゃんが、答えました。
「石をなげてやろうか。」と、武ちゃんが、足もとの石をひろいました。
「およしよ。」と、信ちゃんがとめました。
兄のいじめられたのを知ると、かね子さんが走ってきました。
「なんで、みんなして兄さんをいじめるの。」
「なまいきだからさ。」
「かしたござをかえしておくれ。」
「そこにあるの持っておゆきよ。」
「こんなやぶれたのでないのをかえしてよ。あす学校へいったら、先生にいうから。」
「いくらでもおいいよ。」と、武ちゃんが、おこって、たたきにかかると、かね子さんは、逃げていきました。
「けんかなんかして、つまらないなあ。」と、善ちゃんが、ポケットからボールをだして、空へ向かって投げ上げました。
「ボールをしようか。」
そんなことをいっているところへ、鳥打帽をかぶって、足にゲートルをまいた男が、ステッキをついて、原っぱをみんなのいる方へ、歩いてきました。
「あっ、いつかきた紙しばいのおじさんじゃあない?」
「そうだ、おじさんだ。」
「おじさあん。」と、みんなが、さけびました。
「おうい。」と、おじさんが、笑いました。
「どうしたの、おじさん、しばらくこなかったね。」
「ああ、商売がえをして、このごろは、お話をして学校をまわっているのだ。」と、おじさんは草のはえたところへ、こしをおろしました。
「なにか、おもしろいお話はないか。」と、おじさんが、みんなにききました。
「おもしろい話って、どんな話?」と、信ちゃんが、いいました。
「なんでも、君たちが見た話さ。」
「おじさん、してあげようか。」と、善ちゃんが、いいました。
友だちが、みんな善ちゃんの顔を見ました。
「きのう、ぼくプールへいったんだよ。そして、泳いでいると、どこかの子が、小さな弟と妹をつれてきたのさ。そして、うきぶくろにつかまって、泳ぎなさいといったのだよ。けれど、その小さな弟も妹も水にはいるのが、はじめてとみえて、おそろしがってはいらないのだ。
しかたがなく兄さんひとりプールへ入って泳いだのさ。そうすると、小さな弟と妹が、おせんべいをたべながら、兄さんの泳いでいく方へついて、プールの岸をぐるぐるまわっているのさ。ぼく、これを見て、おかしくてしようがなかった。だって、おせんべいをたべながらついて走るんだぜ。」
「は、は、は。」と、おじさんが、笑いました。おじさんが、おかしそうに笑ったので、みんなが、いっしょに笑いました。
「なるほどな。」と、おじさんがいいました。
「さあ、こんど、おじさんの番だ。」
「おれは、こないだ、北の方へ旅行をしてきたが、いなかの子は、みんな非常時なのでよくはたらいているぞ。学校からかえると、山へいって、たき木をせおってくるものや、畠へ出てくわつみの手だすけをするものや、また、くわの葉のはいったざるをかかえたり、せおったりして、家へはこんだりする。そうかと思うと子守をしながら本を読んでいるものもいる。町の子供たちのように、あそんでばかりいないよ。」
「ひどいな、おじさん、ぼくたちだって親のおてつだいをしているものが、いるんだぜ。」
「そうか、それは、感心なこった。」
「まだ、おもしろい話はないの。」
「それから樺太までいったよ。」
「樺太? たいへん寒いところまでいったんだね。」と、子供たちは、あの北のはしにつき出て、青い海の色にとりまかれた、ほそ長い島を思い出しました。
「ツンドラ地帯って、沼地みたいな、こけばかりはえているところがある。そこへ火がつくと、なかなかきえない。何年ということなく、燐の火のようなのが下からもえ上がる。
また、樺太には、人間の手のはいらない大きな森や林がある。それに火がつくと、それこそたいへんだ。どこまでもえるか、わからないからな。そんなとき、どうするかというに、火のもえていく何十メートルか先の林を切りはらって、あきちをつくるのだ。そして、火事のある森の片方のはしへ火をつけるのだ。すると、あちらからもえてくる火と、こちらからもえていく火とだんだん近づいて、どこかで出あうだろう。そのときは、どうだと思う。ドーンという大きな音がして、火のはしらが空へ立つのだ。そして、それで火がきえてしまうのだ。なぜって、両方からの火で、空気があつくなって、まん中の空気がなくなるからだ。」
「ほんとにおもしろい話だな。おじさんは、その火事を見たの?」
「いや、きいた話さ。おじさんが見たのは、ある村で、馬が出征するので、駅にりっぱなアーチが立ち、小学生が、手に、手に、はたをふりながら、見送りにいくのだった。どこも、非常時で、緊張しているぞ。」