四
原っぱのはしの方に、小さな森がありました。いろいろの木がしげっていて、風が吹くと、葉がきらきらと波のように、かがやきました。ひるすこしすぎる時分、「カチ、カチ。」という拍子木の音が、その方からきこえました。紙芝居のおじさんが、子供たちを呼んでいるのです。原っぱで、ボールをなげているもの、とんぼを追いかけているものが、一人、二人と、その方へかけていって、森の中へ集まりました。
森の中には、小さなお稲荷さまのほこらがたっています。そのほこらのとりいの前は、あちらの町へつづく、ひろい道になっていました。おじさんは、とりいのところへ自転車をおいて、みんなのくるのをまっていました。光ちゃんととみ子さんは、石のさくによりかかっていました。信一も、勇二も、ほかの子供たちの中へまじって、ぼんやりと立っていました。
ちょうど、そこは、すずしい日かげになっていて、頭の上では、せみがジイジイとないています。やがて、「突撃兵」という、おじさんのお話が、はじまりました。
「ある日、召集令が、忠一のもとへまいりました。彼は、手に持つ仕事道具をなげすててすぐに立ちあがった。
『妹よ、あとをよろしくたのんだ。』
『お父さん、きょうは、ご気分は、いかがですか?』
兄のいなくなった後は、かよわい女の身ながら、妹は、はたらいて、よく父親の看護をしていました。
『長い間、よくめんどうをみてくれたぞ。しかし、もう私もいくときがきたんだ。ただ生きているうちに、せがれのてがらをきかずにいくのが、ざんねんだ。』
『お父さん、そんな心ぼそいことをおっしゃっては、いけません。』
『いや、それよりかおまえは、お父さんがなくなったら一人になってしまう。おまえも日本の女だ。なんなりと、自分の力でできることをして日本のためにつくすんだぞ。』
『お父さん、よくわかりました。いま日本の人は、男でも女でも、年よりでも子供でも、一人のこらず、力をあわせて、立ちあがらなければならぬときがきたんです。私は、女ながら、つねにその覚悟を持っています。』
『ああ、それで安心した。』
これが、父親のわかれのことばでした。
話かわって、こちらは、戦場であります。敵は、手ごわくわが軍の前進をさまたげている。忠一の部隊は、クリークをへだてて、その敵と向かいあっていました。
あすの夜明けに、敵のトーチカをくだいてしまえという命令がくだった。忠一をはじめ一命を、天皇陛下にささげた勇士たちは、故郷へ、これがさいごの手紙を書いてねむりにつきました。
その夜中のこと、忠一一等兵は目をひらくと、国防婦人会の白い服をきた妹が立っている。おお、どうしてこんなところへきたかと、おどろいた。
『お兄さんに、知らせにまいりました。』
『なにっ、お父さんが、なくなられたか。それで、おわかれに、なんとおっしゃられた?』
『はい。』と、妹がなみだぐみながら、
『せがれのてがらを、この世できかずにいくのがざんねんだと、おっしゃいました。』
忠一一等兵は、がばとはね起きました。同時に目がさめたのであります。
『お父さん、ゆるしてください。じきに私もおそばへまいります。』」
おじさんが、ここまで話したときに善吉と武夫が、走ってきて、
「信ちゃん、吉川先生がきたから、早くおいでよ。」と、いって、ほこらのうしろの方へかくれようとしました。おどろいて、信一と勇二は、その後を追ったのです。紙芝居のおじさんは、何ごとがおこったのかと、思ったのでしょう。
「どうしたのだ、どうしたのだ。」と、ききました。
「学校の先生が、きたんだよ。」
「なに、先生が。ちっともわるいことは、ないじゃないか。」と、おじさんはいばりました。
学校の先生が、七、八人、上級の生徒をつれて交通整理の見学にとおったのです。先生たちが、いってしまうと、信一も勇二も善吉も武夫も顔を見せました。
「みんな、どうしたの?」と、おじさんがいいました。
「ぼくたち、いまとりいの前で、べいをしているのを見つかったんだよ。」
「なぜここへきて、話をきかなかったの? そんなことをするから、先生が、こわいのだよ。」と、おじさんは笑いました。
「小山くんが、先生に、ぼくたちのことをいいつけたんだ。だから、先生が、ぼくたちのそばまできて、のぞこうとしたんだ。」
「あした、学校へいくとしかられるよ。」と、善吉はしょげてしまいました。
「小山くん、ひきょうだね。こないだのしかえしをしたんだ。」と、信一は、いいました。
「ほんとうに、ひきょうだな。」
「おじさん、このお話、後はどうなったの?」と、ほかの小さな子供が、ききました。
「このあとのお話は、またあす。これで、きょうはおしまい。」
子供たちは、思い思いに、ちってしまいました。
「おじさんは、前にきた、紙芝居のおじさんと、お友だちだってね。」と、信一がいいました。
「ああ、友だちさ、ぼくらは、みなが、いい人になって、日本の国が、ますます強くなるようにと、紙芝居をして歩いているんだ。」と、おじさんが答えました。
「じゃ、おじさんは、ほんとうのあめ屋さんじゃないんだね。」と、善吉は、おじさんの顔を、ふしぎそうに見ました。
「あめも売るから、ほんとうのあめ屋さ。だってお話ばかりでは、きいてくれないだろう。」
「ぼく、お話だけでも、きくよ。」
「じゃ、あしたから、あめを持ってくるのをよそうかな。」
「そして、お金をとらないの。」
「ほら、ごらん。みなは、お話より、あめのほうがいいのだ。」
「お話もきいて、あめも、もらいたいのだよ。」
「ぼく、お話だけでもいいな。」
「だれだ、えらいぞ。は、は、は。」と、おじさんは笑いました。