五
翌日、学校のかえりに、善吉と武夫の二人は、吉川先生からのこされました。
「きっと、善ちゃん、べいごまのことだよ。」と、武夫がいいました。
「ああ、それにきまっているさ。だが、なんで、べいをしていけないんだろうね。」と、善吉は、まどの外のかきの木を見上げていました。秋になってから、日の光が、夏よりもかえって強いようです。一つ、一つ、さすように葉の上にかがやいていました。
「かきがなっているね、武ちゃん、これはしぶいのだろう。」
「あまいのかもしれない。ここから、あの枝へは、うつれないかね。」
「とびつけば、とどくけど、落ちたらたいへんだ。」
二人は、二階のまどから、かきの木を見ながらいろいろ考えつづけていました。そして、早く家へかえって、あそびたいなと思ったのです。それだけでなく、お母さんや、お姉さんが、しんぱいしていられるだろうと思うと、こうしていることが、くるしかったのです。
「先生、早くこないかな。」
「忘れたんだろう。かえろうか、武ちゃん。」
このとき、ろうかを歩いてくる、くつ音がしたのでした。二人は、急におぎょうぎをよくしていました。
先生は、教壇のいすにこしを下ろして、
「こっちへおいで。」と、善吉と武夫の二人は前へ呼ばれました。
「きのうは、家へかえってから、なにをしてあそんでいたね。」と、先生は二人の顔をごらんになりました。
善吉は、顔を上げて、
「まりをなげたり、べいをしていました。」と、すなおに答えました。
「べいをしては、いけないというのでなかったかな。」
善吉は、先生にそういわれると、だまってうつむきました。
「君は、どう思うね。」と、先生は、こんどは武夫に向かって、おききになりました。
「よくないと思います。」と、武夫は答えました。
「わるいと思うものを、なぜやったのだ。」
先生の顔は、しだいにおそろしくなりました。
「しまいに勝ったべいを、みんな返せばいいと思いました。」と、善吉が、いいました。
先生は、しばらくだまって、善吉のいうことをきいていられましたが、
「君たちは、わるいことをして、後でそれを返せばいいと思うのかね。」と、おっしゃいました。
「先生こまをまわすことは、わるいことですか。」と、武夫が、こんど先生の顔を見ながら、ふしぎそうにたずねたのです。先生は、ちょっと頭をかしげて、すぐには、返答をなさいませんでしたが、しばらくしてから、
「こまをまわすことを、いけないというのではない。勝ったり、負けたりするのに、品物をかけてやることを、いけないというのだ。べいなら、その負けたこまを、勝ったものが取るというふうに、勝負の後が、品物のやりとりになるからいけないというのだ。」
「先生そんなら、ただ、おたがいがこまをまわして、勝負をするぶんなら、いいのですか。」
「ものをかけたりしなければ、わるいことはない、みんなが、ただ一つぎりでな。ぼくも、子供の時分は、こまをまわすのが大すきだった。」
「先生も、べいをなさったのですか?」と、二人の子供は、おどろいた顔をしました。
「いや、ぼくの子供の時分には、べいごまなどというようなものは見なかった。もっと大形の木ごまか、鉄胴のはまったこまだった。鉄胴のこまには、木ごまは、どうしてもかなわなかったものだ。そして、こまの合戦は、それは、さかんなものだった。」
吉川先生は、自分の子供の時分を思い出して、いまのようにものをかけずに、ただ勝負をしただけで、それでもみんなが、満足したという話をなさいました。
「木ごまは、鉄胴にかかると、よく真二つにわれたものだ。そのわれるのが、またゆかいだった。しかし、つばきの木でつくった木ごまは、たいへんかたくて、なかなかわれぬばかりでなく、うまく火花をちらして、ぶつかって、どぶの中へ鉄胴をはねとばしてしまうことが、あったものだ。」
「先生、おもしろいですね。」
「おもしろいが、べいなんか、もうよしたまえ。このごろは、みんなでいっしょにたのしんで、そして、勝ち負けをきめるようなおもしろいあそびが、たくさんあるじゃないか。」と、先生は、おっしゃいました。この時分には、先生のお顔は、いつものやさしいお顔になっていました。
「先生よくわかりました。」と、善吉が、いいました。
「わかったか。」
「わかりました。けれど先生につげ口するものなんか、もっとひきょうだと思います。」と、武夫が、いいました。
「つげ口されるようなことをしなければいいのだ。では、もうかえるがいい。」
吉川先生は、立ち上がると、さっさと、ろうかの方へ歩いていかれました。
「黒めがねの紙しばいのおじさんは、ぼく、この話をしたら、辰ちゃんは、自分がけんかができないので、先生にいうなんてひきょうだといったよ。」と、善吉がいいました。
「おじさんは、先生をよく知っているといったね。」
「ああ、おじさんも、日本の子供は、そんとか、とくとかいうことなんか、考えてはいけない。正しいことをしなければならぬといった。」
二人は、階段を下りて、話しながら校門の外へ出たのでありました。
「善ちゃん、あの犬をごらんよ。」
武夫のゆびさした方を見ると、白い色の犬が、まりをくわえて主人の後についていきました。ある家の門のところに、茶色の犬がはらばいになっていたが、この犬を見つけると、急におきあがって、ほえはじめました。二ひきの犬のあいだが、だんだん近づきました。しかし、まりをくわえた犬は、知らぬ顔をして、わき見もせずに主人についていくと、茶色の犬はいまにもとびつこうとしたのでありました。