六
赤土の原には、だれもあそんでいませんでした。茶色の犬をつれた男の人は、ボールを出すと、力いっぱい、これを遠くへ向かって投げました。ボールは、青い空へ上がって、それから下へ落ちました。
「よし。」と、いうと、犬は、かけ出していきました。
「おじさん、犬の名は、なんというの。」と、武夫が聞きました。
「ジョンです。あれで、まじりけのないシェパードではありませんよ。」と、おじさんは、答えました。
「いい犬ですね。」と、善吉が、感心しました。ジョンは、ボールをくわえてきました。
「訓練ひとつですね、いい犬にするには、なかなかほねがおれます。」
ジョンは、ボールを主人の前へおこうとすると、
「こら!」と、おじさんはしかって、手に持っているむちでジョンをたたこうとしました。ジョンは、すぐ気がついて、右から左へぐるりと、おじさんの足もとをまわって、ボールをおきました。「よし。」と、おじさんは、犬の頭をなでてやりました。それから、おじさんは、犬をそこに待たしておいて、自分だけ、あちらへかけていきました。やがて、おじさんの姿は、草むらのしげった中へ、かくれてしまいました。じっと、そっちを見ながら、すわっていたジョンは、主人の姿を見えなくなると、さびしくなったのか、クン、クン、といって、おじさんをこいしがりました。善吉も、武夫も、忠実な犬が、かわいくなりました。
おじさんは、ちがった方角から、姿をあらわして、もどってきました。
「よし。」と、命令すると、ジョンは、すぐに主人のいった足あとをさがして、ボールを取りにいきました。
「おじさん、まりをかくしてきたの?」
「土へうめてきたが、ちょっと見つからないでしょう。」と、いって、おじさんは、笑っていました。
いつまでたっても、ジョンは、かえってきませんでした。見つからないのです。そのうちに、ジョンは、しおしおとして、なにもくわえずにもどってきました。これを見ると、おじさんは、こわい顔をして、犬をにらみました。そして、手を上げて、
「だめ!」と、どなりました。ジョンは、また、さがしに、あちらへ走っていきました。
「かわいそうだな、見つからないんだよ。」と、武夫は、犬に同情しました。
そのとき、少年が、きっきの白い犬をつれてさんぽにやってきました。そして、みんなのいるところへきました。
「ポインターのかわりですね。」と、おじさんは、白い犬の頭をなでました。犬は、おとなしくしていました。おじさんは、よく犬の種類を知っています。また、どの犬もかわいがりました。犬もまた、かわいがる人をよく知っているようです。
ジョンは、やっとボールを見つけて、うれしそうに、くわえて走ってきました。おじさんも、喜んで、ジョンのそばへくるのを待って、犬が、ぐるりとまわって、前へボールをおくと、だくようにして頭をなでてやりました。
「おりこうですね。」と少年が、これを見て、いいました。
「ふせ!」と、おじさんが、いうと、ジョンは、地の上へはらばいになりました。
「伏進!」
ジョンは、はらばいになりながら進みました。これを見ていた武夫は、善吉に向かって、
「戦争にいって、敵に見つからないようにして、進むんだね。」と、ささやきました。
白い犬も、おとなしくして、ジョンのするのを見ていました。すると、少年は、
「ごらんよ、おまえも、あんなことできるかい。」と、自分のほおを、犬の顔におしつけました。おじさんは、見て、笑っていました。
「なにもおしえないのですか。」
「この犬は、ぼうきれを投げると、くわえてくるぐらいのものです。」
「その犬は、猟犬ですね。」
「だから、にわとりや、ねこを見ると、追いかけて、しかたがないんですよ。」と、少年は、いいました。そのうちに、少年は、犬をつれて、あちらへいってしまいました。
おじさんも、一とおりの茶色の犬の訓練がすむと、善吉と武夫に向かって、
「さようなら。」と、いって、ジョンをつれて、お家へかえっていきました。
「ああ、きょうは、かえりがおそくなったね。ぼくお家へかえって、きっと、おかあさんにしかられるだろう。」と、武夫は、しんぱいしました。
「復習があったと、いえばいいだろう。」
善吉は、うそをいって、わるいと思ったが、そういうことに、きめていました。
「ぼくは、原っぱで、犬のおけいこを見てきたと、いおうかしら。」と、善吉が、いいました。
「残されたといわなけりゃ、どっちだっておんなじじゃないか。」
日にまし涼しくなりました。原っぱに立って、だまって空をみあげながら、鳴き声のした方に目をそらすと、黒く小さく、群れをなして、渡り鳥の飛んでいくのが見られました。
ワン、ワン、犬が、ほえています。その方を見ると、いつかおじさんのつれてきた、ジョンでした。
「ジョン、ジョン。」と、善吉が、呼びました。ジョンはかけてきました。そばには、武夫のほかに信一もいました。
「どこの犬なの?」
信一が、ききました。
「いつかどこかのおじさんがつれてきた犬だよ。」と、武夫は、あたりにおじさんがいないかと見まわしました。どうしたのか、おじさんの姿が見えません。
「ジョン、どうしたんだい? ひとりかい。」と、善吉が、いうと、ジョンは、喜んでとびつきました。
「きっと、道をまぐれたんだよ。」
「ぼくたち、どっかへかくれよう、そうしたら、ジョンは、どうするだろうか。」と、武夫が、いいました。