七
「そうだ、いいことがわかった。」
「どんなこと。」
武夫と信一は、善吉の顔を見ました。
「ジョンが、まりをさがしている間に、僕たちはどこかへかくれるのだよ。そうしたらジョンは、どうするだろうかね。」と、善吉は、いいました。
「どうするだろう? おもしろいな。」と、信一がいいました。
「お家へ帰っていくかもしれないよ。」
「いや、きっと、僕たちをさがすだろう……。」
「よし、やってみようよ。」
武夫はジョンにまりを見せてから、自分は、向こうのくさむらの方へ走っていきました。そして、わからないように、草の中へかくしてきました。
武夫は、息を切らしてもどると、
「ジョン、まりをさがしておいで。」と、すぐ命令をしました。ジョンは、かけていきました。
「さあ、この間にかくれよう、どこがいいかな。」
先に立って、走っている善吉が叫びました。
「僕の家の物置へいこうよ。」
三人は、原っぱを犬のいった、反対の方に向かって走りました。
広い道路のあちらは、すぐ町になっています。そして、いちばん近いところに、善吉の家がありました。土管や、じゃりや、セメントなどを、あきなっていました。物置の中には、これらの品物がつまれていました。三人は、きゅうくつそうに、体をおしあって、片すみにかくれて、かわるがわるふし穴から原っぱの方をながめていました。
「どうしたんだろう、こないよ。」
「お家へかえったんじゃないか?」
とつぜん、のぞいていた信一が、
「きた、きた、ジョンが、きちがいのようになって、さがしているよ。」
「こっちへこない。」
「足あとをさがしているから。」
「まりは、どうした?」
「くわえている。」
「かわいそうだから、出てやろうか。」と、善吉がいいました。
しかし、まもなくジョンは、小舎のところまでやってきました。そして、まりを下へおいてさも悲しげに、鳴き出しました。
「ジョン。」と、このとき、三人は、先をあらそって、物置からとび出しました。
「ふだに番地が書いてあるから、これからつれていってやろう。」と、信一は、ジョンの頭をなでました。
庭に、梅もどきの実が赤くなって、その下に、さざんかの咲いている家がありました。そこが、ジョンのお家でした。
三人は、げんかんに立つと、ジョンが尾をふって、ワン、ワンと喜んで鳴きだしました。しょうじ戸をあけて出てきた、おばさんは、犬と子供がいるので、見てびっくりしました。三人が、まよい子になった、ジョンをつれてきたことを話すと、
「まあ、まあ、それは、ありがとうございます。じつは、いなくなったのでしんぱいして、みんなが、さがしに出ているのですよ。いつもつないでおくのですが、朝、くさりをといてやったら、いなくなってしまったのです。」と、おばさんは、おれいをいいました。
武夫は、ジョンをくさりにつないでから、
「さようなら。」と、いいました。
三人は、いいあわしたようにジョンの方をふり向きながら、門を出ようとすると、ジョンは、ついていこうとして、くさりを鳴らしてほえました。
「ぼっちゃん。待っていてください。」と、おばさんが、あわてて奥から出てきました。そして、げたをはいて、紙に包んだものをみんなのところへ持ってきました。
「これは、ほんのおだちんですよ。あめか、おかしでも買って、わけてください。」と、おばさんは、信一の手に渡そうとしました。
「いいえ、そんなものいりません。」と、信一は、手を引っこめました。
「そんなこというものでありません、さあ取ってください。」と、こんどおばさんは、善吉に渡そうとしました。
「おかしなんか買うとしかられます。」と、善吉も、手を引っこめました。
「じゃ、えんぴつを買ってわけてください。」と、おばさんは、むりに武夫の手ににぎらせました。武夫は、どうしたらいいかと思ったが、おばさんが、これほどいってくれるのを、ことわるのはわるいと思って、いただいて外へ出ました。
「困ったなあ、これどうしたらいいだろう。」と、武夫は二人にそうだんしました。
「じゃ、えんぴつを買ってわけようよ。」と信一が、答えました。
「武ちゃん、君、あずかっておいでよ。」と、善吉がいって、三人は、原っぱへもどってきました。もう西の方の空が、赤くなりかけていました。
「あっ、紙しばいのおじさんがきている。」
三人は、子供たちの集まっている方へかけ出しました。そこには、小山も、かね子も、光子も、とみ子もきていました。
「ね、黒めがねのおじさんが、支那へいくんだって。」と、三人の顔を見ると、小山はいいました。
「ほんとう? 黒めがねのおじさんが、支那へいくの。」と、武夫が、おじさんにききました。
「ほんとうだとも、こんど宣撫班になって支那へいくのだ。」と、紙しばいのおじさんは、答えました。黒めがねのおじさんは、いつかこの原で、樺太へ旅行をしたときの話をしてくれました。
「宣撫班って、支那人のせわをしてあげるの。」と、とみ子さんがたずねました。
「ああ、そうだ。そして、支那の子供におもしろいお話をきかせてやるのさ。どんなに喜ぶだろうな。」
「どんなお話?」
「そのお話が、あのおじさんのことだから、日本の子供のことさ。きっと君たちのお話をして、日本の子供は、みんなしょうじきで、やさしくて、いい子ばかりだということだろう。」と、おじさんは、笑いました。
「そうかなあ、僕たち、あのおじさんに、旗を送ろうか。」
「そうだ。ジョンのお家からもらったお金で、旗を買おう。」
「僕も、お金を出すよ。」と、小山が、いいました。赤土の原っぱには、赤々として、夕日がうつっていました。