数日後のこと、若者は、雇われ口を探しながら歩いていますと、先日の汚らしいふうをした子供が、職人体の男にいじめられているのを見ました。
「おまえは、どこから、この町へなどやってきたのだ。このごろは町にろくなことがない。火事があったり、方々でものを盗まれたりする。なんでも、口笛を吹く子供があやしいといううわさだが、おまえは口笛を吹くか? はやく、どこかへいってしまえ。」と、男は子供をにらみつけて、胸のあたりを突いて、あちらへ押しやっていました。
子供は、黙って、うつむいていました。これを見た若者はそばへやってきました。
「かわいそうなことをするものでありません。この子供は、あなたに悪いことをしましたか? 口笛を吹くということが、どうして悪いのですか?」と、若者は、職人体の男をなじりました。
職人体の男は、振り向いて、
「この子は、悪魔の子です。この子供が町にはいってからというもの、ろくなことがない。」といいました。
「そんな理由のあるはずがありません。私は、それを信ずることができません。」と、若者はいいました。
職人体の男は、返す言葉がなく、あちらにいってしまいました。
まもなく、五、六人連れの乱暴者がやってきました。そして、いきなり、汚らしいふうをした哀れな子供をなぐりつけました。
「おまえだろう、口笛を吹いて、夜中に、黒い鳥を呼んだりするのは? 火をつけたのも、おまえにちがいない。また、方々へ泥棒にはいったのも、おまえにちがいない。」と、彼らは口々にののしりました。
このとき、子供は、なんといって弁解をしても、彼らはききいれませんでした。そして、つづけざまにに子供をなぐりつけました。これを見た若者は、あまりのことに思って、
「なぐらなくてもいいでしょう。口笛を吹いて、鳥を呼んだことと、火事や、泥棒とが、なんの関係があるのですか? おおぜいで、こんな子供をいじめるなんてまちがってはいませんか。」と、若者は、彼らの乱暴を止めようとしていいました。
彼らは、これを聞くと、かえってますます怒りました。
「なにもおまえの知ったことじゃない。おまえは、この小さい悪い奴の仲間なのか? 生意気な奴だからいっしょになぐってしまえ!」といって、彼らは、若者の手や、足や、顔や、頭を、かまわず思うぞんぶんになぐりつけました。
若者の鼻からは、血が流れました。そして、子供と若者の二人は、これらの乱暴者から、ひどいめにあわされました。彼らは、思うぞんぶんに二人をなぐると、
「さあ、さっさと早くこの町から、どこへでもいってしまえ。まごまごしていると、また見つけて、こんどは許しておかないから。」といい残して、これらの乱暴者は去ってしまいました。
子供は、若者に二度助けられましたので、どんなにか、ありがたく感じたかしれません。若者が、自分を助けるために、鼻から血を出したことを知ると、ただすまなく思って、幾たびも礼を申しました。
「そんなに、お礼をいわれると困ります。私は、良心が、不正を許さないために、戦いましたばかりです。」と、若者は答えました。
二人は、とぼとぼと話しながら、町を出はずれて、あちらに歩いていきました。
「これから、あなたは、どこへおゆきなさいますか。」と、子供は、若者にたずねました。
「私はいままで、ある工場で働いていましたが、病気になったために、その工場から出されました。そして行き場がなく、毎日雇われ口を探しているのです。」と、若者は答えました。
すると、子供は、
「私は、山にいたとき、口笛を吹いて、いろいろな珍しい鳥を、捕まえることを覚えました。その珍しい鳥の一羽を持ってあちらのにぎやかな港にいって、金のある人たちに売れば、困らずに暮らしてゆくことができるのです。しかし、鳥をほんとうにかわいがる人は少ないのです。鳥がかわいそうでなりませんから、鳥を捕って売ることはいたしません。私は、独りでさびしいときには、いままで、いろいろな鳥を呼んで、その声をきくことを楽しみにしました。また、私は、これから西にゆきますと、広いりんご畑があって、そこでは人手のいることを知っています。そのりんご畑の持ち主を、私は、まんざら知らないことはありません、その主人に、私は、あなたを紹介しましょう。そして、私も、あなたといっしょに働いてもいいと思います。これから、二人は、そこへいって働こうじゃありませんか。」といいました。
若者は、これをきいて、たいそう喜びました。そして、二人は、西の方にあるりんご畑をさして旅をいたしました。
二人は、りんご樹の手入れをしたり、栽培をしたりして、そこでしばらくいっしょに暮らすことになりました。二人のほかにも、いろいろな人が雇われていました。若者は、金や、銀に、象眼をする術や、また陶器や、いろいろな木箱に、樹木や、人間の姿を焼き付ける術を習いました。
りんご畑には、朝晩、鳥がやってきました。子供は、よく口笛を吹いて、いろいろな鳥を集めました。そして、鳥の性質について若者に教えましたから、若者は、人間や、自然を彫刻したり、また焼き画に描いたりしましたが、鳥の姿をいちばんよく技術に現すことができたのであります。
しかし、二人は、幾年かの後に、また別れなければなりませんでした。子供は、青年になりました。そして、若者も年をとりましたから、二人は、もっと広い世の中に出ていって、思った仕事をしなければならなかったからです。
「私は、汚らしいふうをして、町の中をうろついていたときに、あなたに助けられました。あなたは、自分の身を忘れて、私を救ってくださいました。」と、その時分子供であった青年はいいました。
「ほんとうに、もう思い出せば幾年か前のことであります。私は、病気をして職を失っているときに、あなたにあって、このりんご圃へつれられてきました。そして、ここで幾年か月日を過ごしました。私は、ここにきたがためにいろいろの技術を覚えることができました。これから、また方々を渡って、もっといろいろのことを知ったり、見たいと思います。」と、当時の若者は、もういい働き盛りになっていて、こう答えました。
「おたがいに、この世の中から、美しい、喜ばしいことを知りましょう。私は、あなたが、私のために乱暴者からなぐられて、血を流されたことを一生忘れません。」
「いえ、いつかも、いいましたように、けっしてあなたのためではありません。たとえその人があなたでなくても、だれであっても、弱いものを、ああして乱暴者がいじめていましたら、私は、良心から、命を投げ出して戦ったでしょう。」と、昔の若者はいいました。