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石段に鉄管

时间: 2022-10-14    进入日语论坛
核心提示:石段に鉄管小川未明 秋(あき)の暮(く)れ方(がた)のことであります。貧(まず)しい母親(ははおや)が二人(ふたり)の子供(こども)を
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石段に鉄管

小川未明


 (あき)()(がた)のことであります。(まず)しい母親(ははおや)二人(ふたり)子供(こども)をつれて、街道(かいどう)(ある)いて、(まち)(ほう)へきかかっていました。二人(ふたり)子供(こども)(おとこ)()でした。(うえ)が十一ばかり、そして、(した)は、まだ八つか、九つになったばかりであります。
 (かれ)らはどこからきたものか、(つか)れていました。ことに二人(ふたり)子供(こども)(あし)がくたびれたとみえて、(おも)そうに(あし)()きずっていました。
 (あに)のほうは、それでも我慢(がまん)をして、(さき)になって(ある)いていました。(おとうと)のほうは、母親(ははおや)のたもとにすがったり、その(からだ)をまわったりして、ときどき、(だま)って(ある)いている母親(ははおや)(かお)(あお)いで、苦痛(くつう)(うった)えるのでした。
「ああ、もうすこしいったら、(やす)ましてやるよ……。」と、母親(ははおや)はいいました。
 三(にん)は、あまり、おそくならないうちに、(まち)へはいりたかったのでありましょう。しかし(ちい)さな子供(こども)は、(あし)(いた)んで、どこででもいいから(やす)みたかったのです。
 街道(かいどう)をいくと、(かたわら)(おお)きな屋敷(やしき)がありました。(みち)からすこしく(たか)いところに、その(いえ)()てられていたのでした。そして、石段(いしだん)(とお)(みち)から、そこまでついていました。(いし)(うえ)(しろ)(かわ)いて、しめった(くろ)っぽい(つち)(おもて)から()()ていました。
「ここへ(こし)かけて、(やす)んでいきましょう……。」
 (あわ)れな母親(ははおや)は、二人(ふたり)子供(こども)()まわしていいました。そこで母親(ははおや)()(なか)にして、(あに)(ひだり)に、(おとうと)彼女(かのじょ)(みぎ)(こし)をかけたのであります。
 みすぼらしい着物(きもの)は、ほこりにまみれていました。(あき)晩方(ばんがた)空気(くうき)は、ひやひやとして(はだ)(せま)り、木立(こだち)()(いろ)づきはじめて、()は、(はやし)のあちらに()ちかかっていました。三(にん)(まえ)には、さびれていく田園(でんえん)景色(けしき)がしみじみとながめられたのです。年上(としうえ)子供(こども)は、(くろ)(ひとみ)をこらして、遠方(えんぽう)をじっと物思(ものおも)わしげに()つめていました。どんなことを(あたま)(なか)(かんが)えていたでしょう? (おとうと)のほうは、母親(ははおや)(からだ)によりかかって、これとて無心(むしん)でいました。()(くら)くなった時分(じぶん)に、どうするかということも……、また今夜(こんや)は、どんなところに宿(やど)るだろうということも、また、もうすこしたてば、いまそれほどに(かん)じていないひもじさを(うった)えなければならぬということも()らぬげにみられました。けれど、(あわ)れな母親(ははおや)には、とっくにそれがわかっていて、こうして(やす)んでいる瞬間(しゅんかん)にも、(むね)(くる)しめているのでありました。
 この三(にん)は、石段(いしだん)(した)から二、三(だん)(うえ)のところに(なら)んで(こし)をけていましたが、その(まえ)をいく人通(ひとどお)りもまれとなったのです。ちょうど、母親(ははおや)が、()れかかったぞうりの鼻緒(はなお)(なお)していたときです。石段(いしだん)(うえ)から、(おとこ)が、憎々(にくにく)しげにどなりました。
「ここは、乞食(こじき)(やす)()でない。さあ(はや)く、あっちへいくんだ!」
 (おとこ)は、両手(りょうて)()って、三(にん)()いやるような()まねをしました。
 二人(ふたり)子供(こども)は、すぐには、()てなかったのです。なぜなら、(こし)()ろすとともに、(つか)れが一()(おそ)って、(ちい)さな(あし)は、(おも)くて、(いた)かったからでした。母親(ははおや)は、ぞうりをまだ()()っていました。
(はや)く、うせんか。ここは、おまえがたの(やす)()でないぞ!」
 (おとこ)権幕(けんまく)(おそ)ろしかったので、三(にん)石段(いしだん)(はな)れて(ある)()しました。(あに)は、じっと(おとこ)(かお)()()いて()ていました。(おとうと)は、(いし)(うえ)にただ(こし)をかけていることがなんで(わる)いのか? なんでしかられなければならぬのか? それが、不思議(ふしぎ)で、不思議(ふしぎ)でなりませんでした。それで(おとうと)は、()()いて、いままで自分(じぶん)たちが(こし)をかけていた石段(いしだん)のあたりをながめたのです。(いし)(しろ)く、なんの変化(へんか)もなく、ぼんやりと(かわ)いた(いろ)のままに()()ていました。
「お()あ、なんでしかられたんだい。」と、(おとうと)は、うつむいて(ある)いている母親(ははおや)にたずねました。しかし、母親(ははおや)(こた)えは、子供(こども)(みみ)には()きとれないほど、(くち)(なか)でその(こえ)はつぶやいたのでした。
「なんだい、そんな石段(いしだん)……、()りはしないじゃないか?」
 (あに)のほうの子供(こども)は、たまりかねて、十(けん)(ある)いて、こちらへきた時分(じぶん)(おとこ)のいる屋敷(やしき)(ほう)()(さけ)びました。(おとこ)が、石段(いしだん)()心配(しんぱい)以外(いがい)には、なにも自分(じぶん)たちをしかる理由(りゆう)がなく、また、自分(じぶん)たちはしかられるはずがないと(おも)ったからです。
 母親(ははおや)は、やはりうつむいて(ある)いていました。二人(ふたり)子供(こども)は、それから、しばらく(だま)って、おとなしく(ある)いたのです。
 あちらに、(まち)(あかり)が、()えてきました。
 もう、()は、()れてしまって、西(にし)(そら)には一(にち)余炎(よえん)もうすれてしまいました。そして、ものの(かげ)や、建物(たてもの)(かげ)に、(やみ)暈取(くまど)っていました。水道工事(すいどうこうじ)があるとみえて、鉄管(てっかん)(みち)ばたに、ところどころ(ころ)がっています。
 三(にん)は、うす(ぐら)い、建物(たてもの)(かべ)にそって(ある)いていました。そこの電信柱(でんしんばしら)(した)にも、(なが)機械(きかい)のねているように、(おお)きな鉄管(てっかん)(ころ)がっていたのです。それは、三(にん)が、もたれかかって(やす)むのに、ちょうど適当(てきとう)のものでした。
「ここで、(やす)んでいこう……。」と、母親(ははおや)は、二人(ふたり)子供(こども)にいいました。
「こんな(くら)いところは、いやだなあ。」と、(おとうと)はいいました。
 鉄管(てっかん)は、ここばかりでない。ずっと(まち)(ほう)まで、ところどころこうして()かれてあるからでした。
「ここで、(やす)んでいこう。」と、母親(ははおや)は、くりかえしていいました。
 彼女(かのじょ)は、(あか)るい場所(ばしょ)(やす)むと、まただれかにしかられはしないかという不安(ふあん)があったからです。そして、この母親(ははおや)心持(こころも)ちを年上(としうえ)子供(こども)だけは、(さと)ることができるのでした。
「ああ、ここで(やす)んでいこうね。」と、年上(としうえ)のほうの子供(こども)は、いって、(はは)(なら)んで、(つめ)たい鉄管(てっかん)(つか)れた(からだ)をもたせかけて、なおもはい()がって(こし)かけようとしていました。
 年下(としした)(おとうと)は、(まち)(ほう)にきらきら(かがや)(あかり)をながめていましたが、
「こんなところは、いやだ。もっと(あか)るい(ほう)へいって(やす)もうよ……。(くら)くて、いやだ。」といいました。
「そんなこといわんで、ここへきて、ちっとばかし(やす)みな。」と、母親(ははおや)は、(さと)すようにいいました。けれど、(おとうと)は、(あか)るい(ほう)ばかし()ていて、母親(ははおや)のいうことを()きませんでした。
(あか)るい(ほう)へいって、(やす)もうよ……。」
 母親(ははおや)返事(へんじ)をしなかったので、
(まち)(ほう)へいってから、(やす)もうよ……。(くら)いとこはいやだ。(あか)るい(ほう)へいって、(やす)もうよ。」と、(ちい)さな子供(こども)は、(からだ)をもだえていいつづけました。
(あか)るいところへいって(やす)むと、また、しかられるぞ。」と、(あに)はいいました。
「うそだ……、うそだ! ()ら、(くら)いとこはいやだ……。」
 冷酷(れいこく)建物(たてもの)(かげ)になっている(くら)いところで、しかも(つめ)たい鉄管(てっかん)周囲(まわり)で、(あわ)れな三つの(かげ)は、こうしてうごめいているのでありました。

――一九二四・一〇――

 

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