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石をのせた車(1)

时间: 2022-10-14    进入日语论坛
核心提示:石をのせた車小川未明 あるところに、だれといって頼(たよ)るところのない、一人(ひとり)の少年(しょうねん)がありました。 少
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石をのせた車

小川未明


 あるところに、だれといって(たよ)るところのない、一人(ひとり)少年(しょうねん)がありました。
 少年(しょうねん)は、病気(びょうき)にかかって、いまは(はたら)くこともできなかったのであります。
「これからさき、自分(じぶん)はどうしたらいいだろう。」と(かんが)えても、いい思案(しあん)()かぶはずもなかったのです。
 いっそ()んでしまおうかしらんと(かんが)えながら、(かれ)は、(した)()いてとぼとぼと(ある)いてきました。いろいろな(ひと)たちが、その(みち)(うえ)をば(ある)いていましたけれど、少年(しょうねん)()には、その(ひと)たちに(こころ)をとめてみる余裕(よゆう)もなかったのであります。
 やはり、(した)()いて(ある)いていますと、(まえ)(ある)いているものが、なにか(みち)()としました。少年(しょうねん)は、はっと(おも)って(かお)()げますと、(さき)にゆくのはおばあさんでありました。おばあさんは、自分(じぶん)がなにか()としたのも()づかずに、つえをついてゆきかかりましたから、少年(しょうねん)は、うしろから、おばあさんを()()めました、
「おばあさん、なにか()ちましたよ。」と、(かれ)がいいますと、おばあさんは、はじめて()がついて、()()きました。そして、(みち)(うえ)に、自分(じぶん)()としたものを()て、びっくりして、
「まあ、ありがとうございます。よく()らしてくださいました。これは、(わたし)大事(だいじ)なものです。」と、(ひろ)()げて、それから()がった(こし)()ばして、少年(しょうねん)(ほう)()(れい)をいいました。
「おまえさんは、いくつにおなりです。」と、この(ひと)のよいおばあさんは、(はなし)()きとみえて少年(しょうねん)()いました。
「十五になります。」と、少年(しょうねん)(こた)えました。
 おばあさんは、しげしげと少年(しょうねん)(かお)()ていましたが、
「おまえさんは、どこかお(わる)いところはありませんか。」とたずねました。
「どうも(よわ)くて(こま)ります。(からだ)さえ(つよ)ければ(はたら)くのですが……。」と、(かれ)はうなだれて(こた)えました。
「それなら、湯治(とうじ)にゆきなさるといい。ここから十三()ばかり西(にし)山奥(やまおく)に、それはいい()があります。(たに)()河原(かわら)になっています。二週間(にしゅうかん)もいってきなされば、おまえさんのその(からだ)は、()まれ()わったようにじょうぶになることは()()いです。」
「それはほんとうですか?」と、少年(しょうねん)は、()まれ()わったようにじょうぶになると()いて、(おどろ)きと(よろこ)びとに()()つように(おも)いました。
「ああ、それはほんとうだ。」と、おばあさんは(こた)えました。そして、さっさとあちらへいってしまいました。
 少年(しょうねん)は、おばあさんから、いいことを()いたと(おも)いました。
「しかし、その()のあるところは、なんというところだろう。」と、しばらくたってから、少年(しょうねん)(おも)(かえ)しました。けれど、「なんでも、十三()ばかり西(にし)山奥(やまおく)だということだから、西(にし)へいって、()いたらばわからないこともあるまい。」と(おも)いました。
 たとえ、そのように、いい温泉(おんせん)があったにしても、すこしの(かね)をも()たない少年(しょうねん)には、その温泉(おんせん)へいって治療(ちりょう)をすることは、容易(ようい)なことではなかったのであります。ただ、(かれ)自殺(じさつ)してしまうということだけは(おも)(とど)まりました。
「そんないい温泉(おんせん)があって、この(からだ)達者(たっしゃ)になれるものなら、いま()んでしまっては、なんの(やく)にもたたない。どうかして、その温泉(おんせん)へいって(からだ)(つよ)くしてこなければならない。」と、少年(しょうねん)(おも)いました。
 なにをするにしても、病身(びょうしん)であって、(おも)うように(ちから)()ず、(つか)れていましたから、ほんとうに、どうしたら旅費(りょひ)がつくれるだろうと(かんが)えながら、少年(しょうねん)(みち)(ある)いていました。
 少年(しょうねん)(あたま)には、このばあい()かんだものは、乞食(こじき)をするということよりほかに、いい(かんが)えがなかったのであります。
「そうだ、乞食(こじき)をしよう。」と、少年(しょうねん)(おも)いました。
 まだ、乞食(こじき)というものを経験(けいけん)したことのない(かれ)は、どこへいって、どうして()らぬ人々(ひとびと)から(ぜに)をもらったらいいだろうかと(おも)いました。
 ほとんど途方(とほう)()れてしまって、少年(しょうねん)は、ある(みち)()(すじ)()かれたところに()っていました。そこは、(まち)()つくしてしまって、広々(ひろびろ)とした(はたけ)(なか)になっていました。そして、どの(みち)(ある)いていっても、その(ほう)には、(くろ)(もり)があり、青々(あおあお)とした(はたけ)があり、(とお)地平線(ちへいせん)には、(しろ)(くも)がただよって()えるのでありました。
「この()(すじ)(みち)は、それぞれ(まち)(むら)へゆくのであろうが、どんなところへゆくのだろう。」と、少年(しょうねん)はあてもなく、左右(さゆう)前後(ぜんご)見渡(みわた)していたのであります。
 そのとき、一人(ひとり)のおじいさんが、あちらからきかかりました。少年(しょうねん)はぼんやりとして()ていると、おじいさんは(いし)につまずいて、げたの鼻緒(はなお)()ってしまいました。
「ああ(こま)ったことをした。」と、おじいさんはいって、跣足(はだし)になって、鼻緒(はなお)をたてようとしましたが、なにぶんにも()(わる)いので、(おも)うように鼻緒(はなお)がたちませんでした。
 少年(しょうねん)は、これを()ますと、さっそくおじいさんのそばへやってきて、
「おじいさん、(わたし)がたててあげましょう。」と、しんせつにいいました。
「これは、これは、おまえさんがたててくださいますか、ありがとうございます。」と、おじいさんは、たいそう(よろこ)びました。
 少年(しょうねん)は、おじいさんのげたの鼻緒(はなお)をたてていますと、あごひげの(しろ)いおじいさんは、つえによりかかってあたりを()まわしていましたが、
「あすは、お(てら)のお開帳(かいちょう)で、どんなにかこの(へん)人通(ひとどお)りの(おお)いことだろう。お天気(てんき)であってくれればいいが。」といいました。
「おじいさん、明日(あした)は、この(みち)をそんなに(ひと)(とお)りますか。」と、少年(しょうねん)はききました。
「ああ、(あさ)のうちから(とお)るにちがいない。しかし、この()街道(かいどう)でよくみんなが(みち)をまちがえるのだ。()らぬ(ひと)(こま)るだろう。」と、おじいさんはいいました。
「おじいさん、この()街道(かいどう)()(さき)は、どこと、どこだか、(わたし)によく(おし)えてください。」と、少年(しょうねん)(たの)みました。
 おじいさんは、一つの(みち)は、お(てら)のある(まち)へゆくこと、一つの(みち)は、(とお)いさびしい(むら)へゆくこと、一つの(みち)(うみ)(ほう)へゆくこと、一つの(みち)(やま)(ほう)へゆくことを、(こま)かに、少年(しょうねん)()かってきかせたのでありました。
 少年(しょうねん)が、おじいさんのげたの鼻緒(はなお)をたててしまいますと、おじいさんは(よろこ)んで、(まち)(ほう)へといってしまいました。
 少年(しょうねん)は、いいことを()いたと(おも)いました。自分(じぶん)は、明日(あす)この()街道(かいどう)のところにすわっていよう。そして、(みち)(まよ)った(ひと)には、よく(おし)えてやろう。自分(じぶん)は、どうしてもほかの乞食(こじき)がするように、(とお)(ひと)ごとに(あたま)()げてあわれみを()うことはできないが、ただ(だま)ってすわっていたら、なかには(ぜに)をくれてゆくものもないともかぎらないと、(かんが)えました。
 あくる()少年(しょうねん)(あさ)(はや)くから、そこにすわっていました。いい天気(てんき)でありましたから、おじいさんのいったように、お(てら)のお開帳(かいちょう)()かける(ひと)(つづ)きました。よく(みち)()っている(ひと)たちは、さっさと少年(しょうねん)のすわっている(まえ)(とお)()ぎて、(みち)をまちがわずにその(ほう)へとゆきました。(なか)には、老人(ろうじん)もありました。(わか)(おんな)もありました。また(おや)たちに()れられてゆく子供(こども)などもありました。たまたまやさしそうな(おんな)(ひと)が、少年(しょうねん)のすわっている姿(すがた)()ると、(まえ)()()まって、(ふところ)から財布(さいふ)をとり()して、(ぜに)(まえ)()いていってくれました。そんなときは、少年(しょうねん)気恥(きは)ずかしい(おも)いがして、(あな)(なか)へでも(はい)りたいような()がしましたが、(はや)温泉場(おんせんば)へいって、病気(びょうき)をなおしてから(はたら)くということを(かんが)えると、()ずかしいのも(わす)れて、どんなつらいことも忍耐(にんたい)をする勇気(ゆうき)()こったのです。

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