こうしておおぜいが連れ合っていった後から、一人できかかる男や、女がありました。その人々には、よく道がわからないとみえて、四つ街道にきてから、うろうろとしていました。
「お寺へおいでなさるのですか。」と、少年はいいました。
「ああそうだ。」と、その人は答えました。
「そんなら、そちらの道をおいでなさい。」と、少年は教えました。
中には、喜んで礼をいってゆくものもあれば、また銭を少年に与えてゆくものもありましたが、また中には、振り向きもせず、礼をいわずにいってしまうものもありました。また、まれに、おおぜいでやってきて、みんなが道を知らないばあいなどもありました。そんなとき、少年がやはり道を教えてやると、
「感心な子供だ。かわいそうな子供だ。これにはなにか子細があって、乞食をするのだろう。」などとうわさしあって、みんなが銭をくれてゆくこともありました。
少年は、その日は思いも寄らぬたくさんな金を、人々からもらいました。そして、日暮れに木賃宿へ帰ってきて泊まりました。彼は、ほかにいって泊まるところがなかったからです。
この木賃宿には、べつに大人の乞食らがたくさん泊まっていました。そして、彼らは、その日いくらもらってきたかなどと、たがいに話し合っていました。
「俺は、一日じゅう人の顔さえ見れば、哀れっぽい声を出せるだけ絞り出して、頭を下げられるだけ低く下げて頼んでみたが、これんばかりしかもらわなかった。」と、あばた面の乞食が銭を算えながらいっていました。すると一人の脊の高い、青い顔をした乞食が、
「俺は、一日じゅうびっこのまねをして町じゅうを歩きまわったが、やっと、こればかりしかもらわなかった。」と、やはり銭を掌にのせて、見つめながら話していました。
少年は、黙ってそばに小さくなって、みんなの話をきいていましたが、脊の高いのが、
「やい、小僧、おまえは、いくら今日もらってきたか。」と、大きな声でふいに尋ねました。
少年は、正直に、その日もらってきた金の高を話しますと、みんなは、びっくりして目をみはりました。
「小僧、だれに話をつけて、俺の縄張り内を荒らしゃあがったか。その金を、みんなここへ出してしまえ。」と、脊の高いのは少年をにらみつけていいました。
少年は、もうすこし金がたまったら、それを旅費にして、西の方の温泉場をさして、出かけるつもりでいましたやさきでありましたから、死んでもこの金は出されないと思っていました。けれど、あまり相手のけんまくが怖ろしいので、どうなることかと震えていました。
「まあ、堪忍してやんなさい。なんといっても、まだ子供だ。それに病身とみえて、あんなに顔色が悪いのだから。」と、あばた面の男は、仲へ入って、その場を円くおさめてくれました。
少年は、心の中で、顔つきにも似ず心のやさしい乞食だと思って、あばた面の男に感謝していました。
夜中のことであります。あばた面が少年を揺すり起こしました。そして、小さい声で、
「おまえは、昨日どこでもらってきた。」とききました。少年は四つ街道のところにすわっていたこと、そして、開帳へゆく人々に道を教えたことまで、すっかり話をしました。
「なるほどな。」といって、あばた面の乞食はうなずきました。
夜が明けると少年は、今日も四つ街道のところへすわって、みんなに道を教えようかとおもいました。太陽が上がると、彼は、昨日のところにやってきました。すると、いつのまにか自分より早く、あばた面がそこにきてすわっているのでした。
「昨夜、俺がおまえを助けてやったんだ。今日は、ほかをまわるか、休んで宿にいろ。そのかわり、俺がたくさんもらったら、分けまえをくれてやるから。」と、あばた面は、目をぎょろりと光らしていいました。少年は抵抗することもできなく、またほかを歩いて、どうしようという考えも起こらず、そのまましおしおと宿にもどってきました。
その日の暮れ方になると、外へ出歩いていた乞食らがみんなもどってきました。あばた面は、たいそう不機嫌な顔つきをして帰ってくると、少年に向かっていいました。
「おまえのいうことを聞いて、ほんとうにしたばかりに大ばかをみてしまった。だれひとり、道を聞くものもなけりゃ、銭をくれるものも数えるほどしかなかった。分けまえどころか、おまえから昨日の分けまえをもらわなけりゃ、埋め合わせがつかない。それがいやなら、この宿からさっさと外へ出てゆけ。」と、怖ろしい目つきをしてにらみました。
少年は、ついにその宿から追い出されてしまいました。暗い夜路をあてもなく歩いてゆきますと、いつしか山の方へ入ってゆく道に出たものとみえて、ある大きな坂にさしかかりました。
ちょうどこのとき、馬に車を引かせ、石を積んで坂を上りかけている男を見ました。どこからきたものか、人も馬も疲れていました。少年は気の毒に思って、坂を上るときに、その車の後を押してやりました。すると車の上から、小さな石ころが一つ転げ落ちました。なんの気なしに振り向いてみると、その石が不思議にきらきらと光っていました。
「石が落ちた。」と、少年は、男に注意をしたけれど、男は黙っていました。返事をするのも物憂かったようすであります。また、石ころ一つくらいどうでもいいと思っているようにも見えました。少年は、坂の上まで押してやりました。しかし、男は下り坂にかかると礼もいわずに、さっさといってしまいました。
独り後に残された少年は、ぼんやりと立っていましたが、なんとなく、光る石に気が引かされましたので、わざわざもどってそれを拾ってみました。それは、黒っぽい岩のような石のかけらでありました。少年は、その夜は、ついにこの石を抱いたまま、坂の下の草原の中で野宿をしました。
夏の夜明け方のさわやかな風が、ほおの上を吹いて、少年は目をさましますと、うす青い空に、西の山々がくっきりと黒く浮かんで見えていました。そして、その一つの嶺の頂に、きらきらと星が光っていました。少年は、じっと星の光を見ていますうちに、熱い涙がしぜんと目の底にわいてきました。それは、産まれ変わったように体が強くなって、ふたたびこの世の中に出て働くことのできる、長い、長い、未来の生活が空想されたからであります。
いうにいえない悲壮な感じが、このとき、少年の胸にわき上がりました。
「どんな、遠くへでも歩いていこう。」
少年は、おばあさんから聞いた温泉を思い出して心でいいました。
いよいよ夜が明けると太陽が笑いました。このとき、少年は、いままで大事にして握っていた石ころをつくづくとながめたのです。昨夜草原にねていて、空に輝いている星をながめたが、その星のかけらのように、美しく、紫色に光っている石でありました。
少年は、その石を持って町へ出ました。そして、ある飾り屋の前を通りかかりましたときに、その店さきにすわっていた主人にこの石を見てもらいました。主人は、眼鏡をかけて、よく石を見ていましたが、
「これは珍しい石だ。」といって、どうか売ってくれないかと頼みました。少年は、石よりもっと自分の命がたいせつだと、温泉行きのことを思って、主人に美しい紫色の石を売ってやりました。
「こんな珍しい石なら、いつでも買いますから、また、ありましたら持ってきてください。」と、飾り屋の主人はいいました。
少年は、その店から出て、往来に立ちましたときに、また、今夜も、あの坂の下に待っていて、もし、あの車がきたときに、後を押してやろうかなどと考えましたが、なんでも、いい機会というものは、二度あるものでない。お開帳の日だって、つぎの日には、あんなことがあったと考えると、旅費のできたのを幸いに、はやく目的地をさしてゆこうと決心したのであります。」