いちょうの葉
小川未明
幸ちゃんと、清ちゃんは、二つちがいでしたが、毎日仲よく学校へゆきました。いつも幸ちゃんが迎えにきたのです。
「もう、幸ちゃんが、迎えにくる時分だから。」と、清ちゃんは、早くご飯を食べて、机の上の本や、筆入れをランドセルに入れました。すると、
「清ちゃん。」と、いって、はたして、幸ちゃんが、迎えにきました。
「いますぐ、待っていてね。」と、いうより早く、清ちゃんは、家から駆け出して、二人は、話しながら、学校へいったのであります。
ある日、いつも幸ちゃんがくる時分なのに、どうしたのか、こなかったから、清ちゃんはこちらから、幸ちゃんの家へ迎えにゆきました。すると、幸ちゃんは、かぜをひいて、昨夜から熱が高くて、床についているのでした。
「じきなおりますから迎えにきてくださいね。」と、幸ちゃんのお母さんはおっしゃいました。
清ちゃんは、独りさびしく学校へいったのです。しかし幸ちゃんのことが気にかかって、いつものように、なにをして遊んでも、愉快になりませんでした。
いつもなら、帰りにも待ち合わせて幸ちゃんといっしょにお家へ帰ったのですけど、その日ばかりはさびしく一人で帰らなければなりませんでした。
お寺の前を通ると、大きないちょうの木の葉が黄色に色づいて、風の吹くたびにひらひらと舞って落ちてきました。清ちゃんは、一人で門から入って、落ちている美しい葉を拾いますと、それにまじって、いちょうの実も落ちていました。
「あ、これも拾っていって、幸ちゃんにあげよう。」と、いって、清ちゃんは、拾いました。そして、お家へ帰ると、さっそく、幸ちゃんのところへ持ってゆきました。これを見て、幸ちゃんは、どんなに喜んだでありましょう。
「僕、お薬を飲んだら、熱が下がったのだよ。明日から、また、学校へいっしょにゆこうね。」といいました。
「そうしたら、また、帰りにお寺の中へ入ってみようよ。」と、清ちゃんは、いって、二人で、いちょうの実や、それから、裏の林の中に入ってくりの実を拾ったらどんなにおもしろかろうと考えたのです。
「風が吹かないから、明日は、落ちていないかもしれない。」と、幸ちゃんがいいました。
「風が吹かなくても、落ちているよ。」と、清ちゃんは、このごろ、木の実がよく熟して、ひとりでに落ちるのを知っていました。それに、あの村はずれのお寺は、荒れはててだれも境内を掃くものがなければ、一日じゅう、御堂の戸が閉まっていることを思ったのでありました。
「じゃ、帰りに、いっしょにいって探そうね。」と、二人は、お約束をしました。
こんなように、小学校時分の二人は、楽しかったのです。そのうち幸ちゃんは、学校を卒業しました。それから、まもなく、奉公に都会へ出てしまいました。学校へゆくにも、帰るにも、一人となった清ちゃんは、さびしかったのです。そのうち夏も過ぎて、また木の葉の色づく秋がきました。
「いつか、幸ちゃんが、かぜをひいて休んだとき、僕、学校の帰りに、いちょうの葉を拾っていったことがあったがなあ。」と、清ちゃんは、思い出したのであります。あのときは、たった一日、一人でいってさえ悲しかったのにいまは、いつまたあうことができるかわからないのだと思いました。ある日清ちゃんは、学校からの帰りにお寺の前を通ると、いちょうの葉がたくさん落ちていました。そして、寺は、昔そのままにひっそりとして人の姿も見えなければ、ただ、林の中で、小鳥が鳴いていました。清ちゃんは、門を入って大きないちょうの木の下で、落ち葉を拾って、お家へ帰ると、それを入れて、幸ちゃんのところへ、手紙を出しました。
「幸ちゃん、ご健康で働いていますか、村のお寺のいちょうの木の葉が、はや、こんなに色づきました。いつか、君といっしょに拾って、楽しかった日のことを僕は、ここを通るたびに思い出しています。」と、その手紙には、書いてありました。すると、幸ちゃんからもじきに返事がきました。それは美しい、町の絵はがきに、
「清ちゃんも、お達者でなによりです。私は、変わりなく働いていますから、ご安心してください。このごろ、毎晩、田舎の夢を見ます。昨夜も清ちゃんと遊んだ夢を見ました。」と、書いてありました。