だまって、これを聞いた学者は、ほかにも、こんな伝説があるのか、うなずいていましたが、
「この古墳を掘ってみたいのですが、どうか学問研究のため、ぜひゆるしてもらえますか。」と、そのとりはからいかたを、書記にたのんだのでした。
「さあ、村長さんや、神主さんたちが、なんといわれますか、聞いてみなければわかりませんが、いつかも、そういう話があったとき、たたりを恐れるからといって、だれも、手をつけなかったのです。」と、書記はいいました。
「私は、たぶん、なにか新しい発見ができるような気がするのです。」と、考古学者は、自分の考えをもらしました。
学者が学問のためにというので、書記も心をうごかせられたらしく、熱心に説きまわってくれるのです。そのかいあって、ついに村で発掘をゆるしました。
春びよりの、あたたかな日でした。畑の中の古墳のかたわらには、一本のかきの木がありましたが、小枝にのびた、つやつやしい若葉は、風にふかれて光っていました。そして、白い星のような花が、咲きかけていました。
ここへ集まってきた村の若者たちが、土をほるため、くわをふるっていました。べつに、ひびきをたてるほどでなかったけれど、かきの花は、もろく枝をはなれて、ぽとりぽとりと、つめたい地へ落ちるのでした。
「花でも、葉でも、秋の末まで、まんぞくにのこっているのは、すくないものだな。」と、これを見て感じたものか、書記は木を見上げながら、いっしょにはたらく学校の教員ふうの男と、話をしていました。
土中深く、石をまわりに積んである棺が、掘りだされたのは、ようやく春の日の、かたむくころでありました。
棺の中には、底にのこっている白骨と、不完全な土器と、七つの鏡などがあって、人々の目をひいたのでした。その死者は、学者が、骨格から判断して、まだ若い女であったとわかりました。
鏡は七面のうち、六つまで、さびきって、ぼろぼろにくさっていたけれど、どうしたわけか、ただ一面だけ、くもっているけれど、なお、いくぶん光をたたえて、あかるみへ出すと、ものの影さえ、おぼろげにうつるのでした。
「どうして、この一面だけが、くさらなかったろう?」
そのことが、みんなの、疑問となりました。
「おなじ、金属で造られたであろうに、どうして、この一つだけが、くさらなかったのでしょう。」と、役場の書記は、学者にむかってたずねました。このなぞは、たとえ、学者でも、すぐには、解くことができなかったのです。
そして、いく日かの後でした。博士は研究室の窓から、しばらくの間に夏らしくなった、外のけしきに見とれていました。
ひでりつづきのため、白っぽく、かわいたアスファルトの道は、すこしの風にも、ほこりをたてていました。そして、せわしげに歩いている人々の姿や、道ばたにならんでいるプラタナスの影が、ちらちらと道の上にうごくのが、なんとなく、わびしげにさえ見えるのでした。
研究室につとめている助手の小田さんは、また青年詩人でもありました。詩人なればこそ、幾世紀前の人間生活に興味をもち、心で美しく想像し、また、あこがれもしたのでありましょう。
博士は、へやへはいってきた小田さんに、こんどの旅行で見た北国や、いろいろ経験したことを、くわしく話しました。
たとえば、丹塗りの社があり、用水池があり、古墳はそのかたわらにあったことや、伝説の話や、棺を掘ったときのありさまなど、当時のことを、思い出しながら語ったのであります。
助手の小田さんは、目をかがやかして、博士のいうことを聞いていました。
「ただ、ふしぎなことが一つあった。それは、棺の中にあった七面の鏡が、一枚だけくさらずに、いまも光っているが、あとは六つとも、さびて、ぼろぼろになっていたことだ。おなじ金で造ったのであろうが、それは、どうしたことだろうか。」
博士は首をかしげながら、かばんの中の、古鏡をとり出して、小田さんにしめしました。
「私はこのなぞを、どうしても学問のためにも、解かなければならない。」と、博士はつづけていいました。
「むかしは、鏡を女のたましいともいいましたから、これには、たましいが、はいっているのかもしれませんね。」と、さすがに小田さんは、詩人らしい感想をもらして、うけとった鏡を、ていねいになでながら、しばらく、じっと見まもっていました。
「この金属を、分析してみなければ、わからぬことだ。おなじ金属でつくったものなら、この一つだけが、くさらぬというわけがあるまい。」と、博士は、科学者なら、空想を事実として、信ずるわけにいかないと、ひややかな調子で、助手に答えたのであります。
このとき、博士は、古墳の発掘をてつだってくれた役場の若い書記にしろ、学校の先生にしろ、話を聞いていると、みんな若い人たちは詩人であって、物質だけをたよりとしていない、そのことは、いままでの学者たちとちがって、たましいのありかを知るといういきかたで、考古学の将来に、明るい道が開けるような気がしたと、助手の小田さんにむかっていったのでした。
その翌日のことです。博士は研究室へ出かけて、旅行先で集めてきたいろいろの材料を、よくしらべて、配列するのをたのしみとしました。
「先生、おはようございます。やはり、あの鏡は、ふしぎであります。先生のおいでなされるのを待っていました。」と、昨夜は、研究室で宿直した小田さんは、博士の顔を見るや、とびつかんばかりに訴えたのでした。
「ふしぎなことって、どんなことだね。」と、博士も、なんとなく、胸さわぎを感じました。
「まあ、こちらへいらして、ごらんください。」と、助手の小田さんは、先に立って、博士を、しんとした、うすぐらい研究室へ案内しました。
そこには、大きなろうそくが、ともされていました。かげろうのうごくように、ろうそくの火は、下におかれた鏡のおもてを照らしていました。
博士は心をおちつけて、鏡をのぞくと、そこにあやしげな身なりをした、男女がならんで、おぼろげに浮き出ていました。
年とった、この考古学者は、しばらく目を、鏡からそらさずに、沈黙していましたが、そのうち、うめくように、
「ああ、やはり女は、七人のうち、この鏡をくれた男だけを、深く愛していたとみえる。」と、はじめて、そのなぞが、解けたといわんばかりに、ひくい声でさけびました。
「先生、するとこの女は、貞操をまもりたいばかりに、だまって死をえらんだのですね。」と、小田さんが聞きました。
「たしかにそうだよ。死んでから、地下で二人は、永久の幸福をもとめて、約束をはたしたんだね。」と、博士は答えました。
「西洋流ですと、婚約の指輪をおくる風習がありますが、東洋は日本でも、昔から、女の心をうつすといって、鏡をたいせつにしましたが、婚約にも用いられはしなかったでしょうか?」と、小田さんは、うたがいをもつらしく、ただしました。
「女が鏡を命のごとく、たっとんだのは、わかっているが、主として結婚してからのことで、婚約に鏡をおくったかどうか、よくわからない。約束をおもんじた昔のことだから、たとえ鏡をつかったとしても、ふしぎのないことだが、古い文献をしらべたら、もっと、おもしろい発見が、あるかもしれない。」と、博士は、答えながら、頭をかしげていました。
「できることなら、この鏡を、もとの墓所にうずめてやりたい。」と、いった若い助手のねがいを、考古学者である博士は、ついに許したのでした。
助手の小田さんが、鏡を新しい木箱におさめて、北国へ旅立ったのは、夏もなかばすぎた日のことで、烏帽子岳のいただきから、奇怪な姿をした入道雲が、平野を見おろしながら、海の方へと、むかっていくところでありました。