「こまどりさん、ほんとうに、今夜にでも雪が積もったら、明日は、あなたは、ふもとの方へいってしまわれるでしょう。そうすれば、また、春がくるまで、あなたの歌を聞くことができないのです。どうか、もう一つ歌ってくださいませんか。」と、木立はたのみました。
こまどりは、寒い風に吹かれながら、谷の方を向いて、ほがらかに、さえずりはじめました。このとき、あちらから、矢を射るように、黒いものが飛んできたかと思うと、こまどりは思わず、すくんでしまった。それといっしょに、木立は、
「あっ!」といって、声をあげました。
はやぶさが、こまどりを狙って、それを捕らえたからです。
なぜ早く、森の中へ、隠れなかったかと、木立は、気をもんだけれども、はや、なんの役にもたたなかった。
「はやぶささん、どうか、そのこまどりの命だけは、取らないでください。」と、木立は、はやぶさに訴えました。
「あまり、こいつが、いい気になって、自分の声を自慢するからさ。」と、はやぶさは、こまどりを片脚で押さえつけて、いいました。
「なにも、あなたに、悪いことをしたのでありますまい。私が、頼んで、唄をうたってもらったのです。あまり、今日は、あたりが陰気で、寂しいものですから……。」と、木立は頼みました。
はやぶさは、目をくるくるさしていましたが、
「ほんとうに、寒い、さびしい日だな。こんな日には、小鳥どもも、目につかない。こいつは見たところは、きれいだが、毛色ばかりで肉がまずいので、あまり俺は、好きでない。そんなに、おまえがいうなら、こいつの命だけは、助けてやろう。そのかわり、こんど、小鳥が、ここへ飛んできたなら、おまえは、頭でも振って、俺に知らせてくれい。」と、はやぶさはいいました。
木立は、こまどりが助けられたので、うれしく思った。しかし、はやぶさは、すぐに、こまどりを放してやろうとはしなかったのでした。
「おまえの命は、助けてはやるが、今夜、一晩、こうして、俺の脚を温めさせろ!」といって、はやぶさは両脚で、こまどりの体を踏みつけたのでした。こまどりの体は、押しつぶされそうになって、声もたてられなかった。
木立は、なんという残酷なことをするものだろうと、これを見るのにしのびませんでした。が、じきに、暗く、暗くなって、すべての光景を、夜が、隠してしまいました。
夜が、ほのぼのとあけかかったとき、木立は、こまどりがどうなったかを見ると、はやぶさは、もはや、そこにはいませんでした。あちらの嶺の方へ、早起きする小鳥たちの声を聞きつけて、これを捕らえて飢えを満たすために、飛んでいってしまった後です。そして、こまどりだけが、哀れげなようすをして、くちばしで、自分の体の毛の乱れを直していました。
木立は気の毒に思って、声をかけることもできなかったのでした。
ちらちらと降った、雪を清浄に照らして、朝日が上りました。
こまどりは、そうそうに、木立に別れを告げて、ふもとの方をさして急ぎました。その後へ、先日のしじゅうからが飛んできて、木立から、はやぶさとこまどりの話を聞いて、小さなくびを毛の中にすくめたのです。
「こまどりは、町へいっても、殺されるようなことはありますまい。しかし、先日のお星さまのいったように、なにが幸福となり、また、不幸となるかもしれませんね。私どものように、だれからほめられるということのないかわり、自由に空を翔けることができるのが、しあわせであるかもわからない。こんな皮と骨ばかりの私どもを、はやぶさだってねらいはしますまいから……。」と、いったのです。
ちょうど、このとき、こまどりは、平原の上を飛んでいました。見わたすかぎり、初雪にいろどられて、白い世界の中を、金色の帯のように、河が流れ、田圃は、獣物の背中のように、しまめを造っていました。
昼ごろのこと、こまどりは、地平線のかなたに浮かび出た、華やかな町を見ました。
「まあ、なんという輝かしい町だろう。人間がここに住んでいるのだ……。山にいるとき、よくほかの鳥たちが、おまえさんは、羽の色も美しいし、声もいいから、人間にもかわいがられるだろうといったことがあった。もし、人間が、私をかわいがってくれるなら、私は、どんなにしあわせかしれん……。」と、こまどりは、高い木に止まって、独り言をしていました。
町の建物は、日に輝いて、煙突から白い煙がおもしろそうに、雪晴れのした、青い空に流れて消えていました。このとき、すずめが、軒端の方から二羽飛んできて、こまどりの止まっている、下の方の枝に止まって、話をしていたのです。
「あの、美しいお嬢さんの家にいたのと、同じい鳥じゃないか?」
この言葉を聞きつけた、こまどりは、すずめの方を見下ろしました。そこには、見慣れない二羽の鳥たちが、自分のうわさをしていたのでした。すずめは、山の奥にはすんでいなかったからです。
「もう、一度、いまのお話を聞かしてくださいませんか。」と、こまどりはやさしく、いいました。
すると、すずめは、おしゃべり者ですから、
「この町で、いちばんりっぱなお家なのです。そこのお嬢さんは、評判の美人ですが、あなたと同じ鳥が、このあいだまで、かわいがられて、飼われていたのですよ。それが、このごろ、逃げたとみえていなくなったのです……。」といいました。
「それは、どのお家ですか?」
「あの森の中に見える、高い家が、それですよ。」
こまどりは、いいことを聞いたと思って、すぐに、その家の方へ飛んでいった。そして、庭の桜の木に止まって、いい声を出して鳴きました。たちまち、窓が開いて、美しいお嬢さんが、顔をだしました。
「まあ、いいこまどりだこと、家のが帰ってきたのかもしれないわ。」といって、お嬢さんは、きれいなかごの中へ、こまどりの好きそうな餌を猪口に入れて、かごの戸をあけて、木の下へだしました。
こまどりは、木の上で、これを見ながら、しばらく考えていたが、だんだん下へ降りてきました。そして、とうとうそのかごの中へはいると、くびをまわして、内のようすをながめました。このとき、お嬢さんが、飛んできて、戸を閉めてしまいました。
こまどりは、かごの中へはいってから、なぜいままでのこまどりは、このかごの中から、逃げていったのだろうかということを、青空を見ながら考えたのです。すると、彼は、急に自由を失ってしまったことに気がついて、かごの中で、騒ぎはじめました。
「すこし暗いところへ置いたほうがいいわ。」と、お嬢さんは、奥の座敷へ、かごを持ってきました。こまどりは、はじめて人間の住む家の内を見るので、珍しそうに見まわしていました。そのうちに、またたちまち悲鳴をあげて、狭いかごの中で狂い出した。あちらで、はやぶさが、こまどりをにらんでいたからです。
しかし、それは、床の間にかかっている、掛け物の絵であることがわかりました。そして、この小さな鳥にも、人間は、なんでも人間以外のものをおもちゃにするが、めったに幸福を与えるものでない、幸福というものは、自分だけの力で得られるものだと悟ると、いままでいろいろと目に描いた美しい空想は消えてしまった。
こまどりは、やはり、怖ろしいはやぶさのすんでいる、山の中が恋しくなりました。そして、いまとなっては、とりかえしのつかない、自分のはやまった生活を後悔したのであります。