どこの国でも、いつの時代でも、若いものは冒険を好みます。また、働いて身をたてようと思います。広い、広い、砂漠のはてから、砂金や、ダイヤモンドや、また、いろいろな珍しい宝石が出るということを聞くと、彼らは勇んで、それを掘りに出かけようとしたのでした。どんなに、その旅が長く、つらくとも、出かけようとしたのでした。
らくだや、羊に、荷をつけて、彼らは、砂漠の中をあるいていきました。毎日、毎日、同じような単調な景色がつづきました。そして、むし熱い風が吹いていました。
「まだ、水のあるところへはこないだろうか?」
「まだ、あちらに山が見えないかしらん。」
こうして、彼らは、旅をつづけていますと、ある日のこと、はるかの地平線に、青い山の姿をみとめたのであります。彼らは、どんなにうれしかったでありましょう。たちまち元気が恢復しました。はやく、あの山へいって働こうと思ったからです。彼らは、ぴかぴか光る黄金色の砂を幻に見ました。また、すきのさきに、きらきらと光る石のかけらを空想しました。赤い宝石や、ダイヤモンドの数々が、自分らの掌の上で輝いている有り様を想像しました。みんなは、道を急ぎました。赤い町が、やがて彼らの目の前にあらわれたのです。
砂漠の中の赤い町、それは、まったく夢の世界でありました。サフラン酒は、あふれていました。美しい女が、唄をうたいながら、町の中をあるいていました。南方の夜は、あたたかで、月が絹地をすかして見るように、かすんでいました。
「このお酒を召しあがると、疲れがなおってしまいます。」と、美しい女たちがいいました。
みんなは、喜んで、サフランの赤い酒を飲みました。すると、女たちのいったように、たちまちのうちに、疲れがなおってしまいました。ほんとうに、いい気持ちになってしまいました。
「なんという紅い、美しい色だろうな。」といって、若者はコップの酒を、燈火の前へ掲げてながめたりしました。
元気を恢復すると、彼らは、いよいよ山の方に向かって、働きにゆくために出発したのです。彼らは、山へいって、岩を砕いたり、土を掘ったりして働きました。
しかし、いつまでも、遠い他国で、暮らすという気にはなれません。彼らは、ふるさとが恋しくなりました。そして、すこしでもたくさん、金をためて、故郷に帰って、家の人々を喜ばし、安楽に日を送りたいと思ったのであります。
彼らは、ふたたび、砂漠の中を旅をする用意をして、山から出て、ふもとをさして急ぎました。赤い町が、「いまお帰りですか?」というように、目の前に笑っているのでありました。
「くるときに、この町で、サフラン酒を飲んだが、その酒の味は忘れることができなかった。どれ、ひとつゆっくりと酒を飲んでいこう……。」
彼らは、町にはいると、赤い酒のコップを手にしました。
酒場の前を、美しい女がやさしい、いい声で唄をうたって通りました。ちょうど、その唄の声は、海で潮のわく音のようであり、女たちの姿は、春風に吹かれるこちょうのごとくに、見られたのでした。
一杯、また一杯と、飲んでいるうちに、すっかり頭の中にあった考えというものが、空になってしまいました。そこで、持ってきただけの金を、町の中で使いはたしてしまったのです。
彼らは、酒の酔いがさめきらぬうちに、まったく夢心地でこの町を立って、出かけましたが、いつしか砂漠の中で、酔いがさめて、天幕のすきまから星の光を仰ぐと、はじめて、なにも持たなくては、いまさら故郷へは帰れないと思ったのでありました。
彼らは、ふたたび山へもどりました。そして働きました。また岩を割ったり、土を掘ったりしました。
金がたまると、こんどこそは、故郷へ帰って、みんなの顔をば見ようと思いました。彼らは山を下ったのであります。
赤い町が、すぐ目の前に近づきました。彼らはサフラン酒の味を、思い出さずにはいられませんでした。
「もう、ふるさとに帰れば、飲もうと思っても、飲まれないのだから、一杯だけ飲んでゆこう……。」と思いました。
美しい女たちは、悲しい、やるせない唄をうたいながら、酒場の前をあるいていました。若者たちは、夕焼けのように紅い、サフラン酒の杯を、唇にあてて味わっていました。一杯……もう一杯といううちに、頭がぼんやりとしてしまいました。そして、持っているものは、みんなこの町で費いはたしてしまって、ついに故郷に帰ることができませんでした。
彼らは、やがて年をとり、気力がなくなり、永久にふるさとを見捨てなければならないのでした。
そして、砂漠のかなたに、赤い町が、不思議な、毒々しい花のように、咲き誇っているのでありました。
――一九二四作――