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寒い日のこと

时间: 2022-11-03    进入日语论坛
核心提示:寒い日のこと小川未明 それは、もう冬(ふゆ)に近(ちか)い、朝(あさ)のことでした。一ぴきのとんぼは、冷(つめ)たい地(つち)の上
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寒い日のこと

小川未明


 それは、もう(ふゆ)(ちか)い、(あさ)のことでした。一ぴきのとんぼは、(つめ)たい(つち)(うえ)()ちて、じっとしていました。両方(りょうほう)(はね)夜露(よつゆ)にぬれてしっとりとしている。もはや、とんぼには、()()つほどの元気(げんき)がなかったのです。
 昨日(きのう)夕方(ゆうがた)(かれ)は、この山茶花(さざんか)のところへ()んできました。さびしくなった(たんぼ)(ほう)から夕日(ゆうひ)(ひかり)()()け、やってきて、この(うつく)しい、(あか)(はな)()たときに、とんぼは、どんなに(よろこ)んだでありましょう。
「まだ、こんなに、(うつく)しい(はな)()いているではないか。そう(かな)しむこともない。」と、(おも)ったのでした。
 (かれ)山茶花(さざんか)()(うえ)()まりました。そこにも、あたたかな夕日(ゆうひ)(ひかり)が、赤々(あかあか)として()っていました。
「このごろ、あなたたちの姿(すがた)()ませんが、あなたは、おひとりですか?」と、山茶花(さざんか)はとんぼに()かって、たずねました。
「みんな、もういってしまったのです。」と、(かれ)は、(こた)えたが、さすがに、そのようすは、さびしそうであった。
 ほんとうに、いつのまにか、こんなに、(さび)しくなったろう。ついこのあいだまで、やかましいくらい()いていたせみもいなくなれば、またとんぼの(かげ)()えなくなったのでした。
「あなたは、どうして、ひとり(のこ)ったのですか。」と、山茶花(さざんか)は、けっして、(わる)いつもりではなく、(おも)ったままをたずねました。
(わたし)は、まだゆきたくないのです。もっと(あそ)んでいたいのです。こうして、(うつく)しい(はな)()いているのですもの……。」と、とんぼは(こた)えた。
 山茶花(さざんか)は、夕日(ゆうひ)に、(あか)花弁(はなびら)をひらめかしながら、
(はな)といいましても、(わたし)は、(ふゆ)にかけて()(はな)なんですよ。あなたのお(とも)だちで、(わたし)姿(すがた)()ないものがたくさんあると(おも)います。」といいました。
 とんぼと山茶花(さざんか)は、それから、四方山(よもやま)(はなし)をしているうちに、()はまったく()れてしまった。(はな)は、(やみ)(なか)で、とんぼを()ることができなかった。その(ばん)は、前日(ぜんじつ)よりもさらに(つめ)たかったのであります。
 翌日(よくじつ)山茶花(さざんか)は、あたりが(あか)るくなったときに、とんぼの()まっていたあたりを()ますと、そこには、(ちい)さな(かげ)()えなかった。どうしたのだろう? と、(はな)は、(おも)ったのでした。
 うすく湿(しめ)った、地面(じめん)()ちたとんぼは、もう(はな)しかけることすらできなければ、その()運命(うんめい)にまかせるより、ほかになかったのでした。やがて、ありが、それを()つけたら、自分(じぶん)たちの()(ほう)()いてゆくでありましょう……。
 このとき、お(じょう)さんが、(まど)から、山茶花(さざんか)()ていましたが、げたをはいて、(にわ)()てきて、()(した)()ったのです。
日当(ひあ)たりがいいから、まあ、よく()いたこと。」といって、(はな)(ゆび)さきでつついていましたが、ふと(あし)もとを()て、そこに、とんぼが()ちているのに()づくと、
「まあ、かわいそうに……。」といって、お(じょう)さんは、(ひろ)()げました。
「きっと、昨夜(ゆうべ)(さむ)かったので、()べなくなったのだわ。」
 彼女(かのじょ)は、どうかして、とんぼを元気(げんき)づけて、()ばしてやりたいと(おも)いました。もし、自分(じぶん)(ちから)で、それができたら、どんなにうれしいであろうと(おも)いました。
太陽(たいよう)()て、あたたかになって、(ちから)がつきさえすれば()べるわ。」と、お(じょう)さんは、いいました。そして、とんぼも、どんなにか()べることを(ねが)ったでありましょう。
 お(じょう)さんは、(さむ)さのために、()べなくなったとんぼを(くちびる)のところへ()ってきて、(あたた)かな(いき)(いく)たびも、(いく)たびもかけてやりました。とんぼは、(からだ)があたたまると、元気(げんき)づきました。
「さあ、()んでおゆき。」
 お(じょう)さんは、最後(さいご)に、もう一()、あたたかい(いき)()きかけてやりました。とんぼは、彼女(かのじょ)()(なか)で、(つよ)()ばたきを()ったが、つういと、ふいに大空(おおぞら)()がけて()()ちました。
 もはや、(そら)には、太陽(たいよう)(ひかり)(ねつ)とがみなぎっていました。とんぼは、ちょうど昨日(きのう)屈託(くったく)()らずに、(あそ)んでいたように、(たんぼ)()りると、そこで、ぼんやりと、また一(にち)()ごしたのでした。
 とんぼにとっては、この一(にち)(なが)かったのであります。しかし、その()もいつしか()れかかったのでした。(かれ)は、どこを()ても、(とも)だちの(かげ)()なかった。それをひじょうにさびしく(おも)いました。
 昨夜(ゆうべ)よりも、もっと(つめ)たい、(つよ)(かぜ)が、どんよりと(くも)った(そら)(した)()いていました。とんぼは、しっかりと(ぼう)(さき)()まって、(かぜ)()(たお)されまいとしていた。このとき、(かぜ)は、とんぼに()かって、
(はや)く、あなたも、お(とも)だちのいるところへおゆきなさい。(わたし)が、つれていってあげましょう……。」と、とんぼの(みみ)にささやいたのでした。
 とんぼは、(あらし)言葉(ことば)にふるえて、(だま)っていました。その(ばん)、とんぼの(ちい)さな(たましい)は、(あお)い、(あお)(そら)を、(うえ)へ、(うえ)へと()けていました。遠方(えんぽう)の、(きよ)らかに(かがや)いている(ほし)世界(せかい)へと旅立(たびた)ったのであります。
 (ほし)(ひかり)は、それを(むか)えるように、にこにこと(わら)っていました。そして、うるんだ、(うつく)しい()で、じっと、下界(げかい)見下(みお)ろしながら、
来年(らいねん)(なつ)まで、ここへきて、ゆっくり(やす)むがいい。そしてまた来年(らいねん)になったら、そちらへ旅立(たびた)つがいい。」といったのでした。
 そんなことも()らず、お(じょう)さんは、木枯(こが)らしの()(ばん)に、(まど)のところで、ピアノを()いていました。ストーブのそばには、(つち)(やぶ)ったばかりのヒヤシンスの鉢植(はちう)えが()いてありました。この(くさ)がすがすがしい空色(そらいろ)(はな)()くときは、(はる)になるのでした。
 (ふゆ)(はる)とが、(とな)()わせになって、もう間近(まぢか)にきていました。月日(つきひ)(なが)れは、このように(はや)かったのでした。いま、お(じょう)さんは、無心(むしん)でピアノを()いていましたが、ふと()(やす)めて(そと)をながめますと、雲切(くもぎ)れのした(そら)に、ぴかぴかと(ひか)(ほし)が、()()ちつくした、(はやし)のいただきに()えたのでした。そして(にわ)()いた山茶花(さざんか)が、ガラス(まど)をとおして、へやから()燈火(とうか)に、ほんのりと(しろ)()いていました。
「そう、そう、今朝(けさ)(ひろ)って、()がしてやったとんぼは、今夜(こんや)も、(さむ)いが、どうしたでしょう……。」と、お(じょう)さんは(おも)いました。
 この()(なか)にいるときは、西(にし)から、(ひがし)へと()んで(ある)いたとんぼの(はね)は、もはや、いらなくなった。それを(あらし)は、おもしろそうに、もてあそんでいたのです。
 そのうちに、(あらし)は、だんだんきちがいじみてきた。しまいに(はね)()()げて、空中(くうちゅう)()()といっしょに、()()ばしたのでした。
 お(じょう)さんは、ふと、(まど)(そと)に、ちらと(ひか)るものを(みと)めました。なんだろうと(おも)って、()たときは、もう、(やみ)(なか)()えてしまったが、それは、とんぼの(はね)だったのでした。

――一九二七・一〇――

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