「は、は、は。なんでも好きか、なかなか、君は欲ばりだな。しかし、音楽は芸術のうちでも、いちばんむずかしいのだ。天才ならばべつとして、学ぶには、うたうのも、鳴らすのも、基礎となる調子から学んで、練習が、たいへんなのだ。ちょうど、文章を作るにも、文法を知らないと書けないように、好きだからといって、すぐになれるもんじゃないのだよ。」と、先生にいわれました。
このもっともらしく聞こえた、先生の言葉は、秀吉を真っ暗な絶望へつき落としました。
「好きだけでは、だめでしょうか。」
「まず、だめだな。しかし、君はたいへん熱心だから、せめて、耳だけなりと発達させるといい。僕も、君のことは考えておこうよ。」と、人のいい先生は、まずしげな少年をあわれみながら、こういって、なぐさめてくれました。
秀吉は、出かけるとき、胸に描いた、桃色の希望の影は、どこかへ消えて、家へもどるときは、失望の底を歩くように、運ぶ足が重かったのでした。ただ、先生の考えておいてくださるという言葉に、はかない望みをかけていたのであります。
その翌日から、彼はまた山へてつだいに出かけました。そして谷川の流れへくれば、いつに変わらずよかったし、林でなく小鳥の声を聞けば、無条件で自然が讃美されるのでした。
「だが、学問がなくては、まだほんとうのことは、わからぬのだろうか。」と、彼は、急に元気がなくなり、気持ちが重くなるのでした。そして、いままでのように、自由に、無心に、木琴を鳴らして、恍惚となることができなくなったのであります。ああ、なんで自分が自然のふところへ、いままでのように、自由にたのしく入ることが、悪いのだろうか。また、先生のお言葉を聞いてから、どうして自分に、それが許されなくなったのだろうか。
「ああ、芸術の規則なんていうもの、だれが作ったのだろうか。」と、彼は、まどい、うたがい、そして、煩悶しました。
実直な先生は、けっして、少年を苦しめようなどとは考えなかった。それどころか、願いをかなえてやろうと、その後、心にかけていました。
ある日、先生はわざわざ、彼の家を訪ねて、さぞ、少年が喜ぶだろうと、吉報をもたらしたのでした。
「こんなところが、あるのだがね。N町の楽譜店で、唄や音楽の好きな小僧さんをさがしているというのだ。つい、昨日友人から聞いたので、早速知らせにきたが、どうかね。いってみる気なら、紹介するが。」と、いってくれました。
秀吉は、よくようすを聞くと、そこへいけば、毎日のように、有名な音楽や、人気のある大家の歌が聞けるので、ぜひ奉公をして、そこで勉強しようと、決心しました。先生からの話とあって、祖父は、わけもなく賛成したのです。
いよいよ、門出の日がきました。彼は、停車場への道を急ぎつつ、ふり返って、一日として見なかったことのない、山々をながめました。雲が出ていて、剣ガ嶺だけが、隠れていました。
彼は、日ごろ敬慕する山だけに、姿が見えなかったけれど、別れを惜しむよう、頭を下げました。待つ間もなく、汽車がきたので、意気込んで、それへ乗りました。
「これが、東京へいくのだと、もっといいけれどなあ。」と、思いました。
なぜなら、彼は大きな都会ほど、文化が発達し、芸術が盛んであり、それによって自分を成長させることができると考えたからです。
わずか一時間足らずで、汽車は目的地へ着きました。N町までは、そんな近い距離でしかありませんでした。
だが、そこには女学校あり、中学校あり、また、専門学校があったから、むろん、喫茶店や映画館などもありました。しかも、彼のいく楽譜店は、この町でも、いちばん人通りの多い、にぎやかなところでした。
店は、想像したほど大きくなかったが、各種の蓄音機や、新型の電蓄がならべてあり、レコードは、終日回転していました。いつも店頭へ人の立たぬことはなく、ことに夕暮れどきなど、往来まであふれていました。
秀吉は、いった日から流行歌の楽譜や、歌手の名まえを覚えるのに一苦労でした。制帽をかぶった二、三人の学生が、店の前に立って、話をしていました。
「Hは天才だね。なにをうたってもうまいじゃないか。」
「わけても、エレジーものはね。」
「あれで、美しいと申し分ないがな。」
「いや、目に魅力があるよ。」
「よせやい。顔だって、声だって、Kが一番さ。」
学生たちは、いわゆる芸術家を、芸者かなどのように、品定めしているのでした。秀吉はびっくりしたというより、あてがちがって、別の世界へ飛びこんだごとく、後悔が先に立ち、とまどいしてしまいました。
あわれな彼は、ひそかに、KとHの、若い映画女優の写真を見くらべたり、また、派手な洋服姿をした人気作曲家の写真などを取り上げて、
「ああ、これが、ほんとうの芸術家というものなのか。」と、いままでの、自分の愚かさを恥じながら、茫然と見つめていました。
そう考えると、先生の言葉が、いまさらのごとく頭に浮かんだりして、なんのために、自分は、こんなところへきたのだろうかと、いくたびとなく後悔されました。そして、ただ自分の野暮がうらめしく、悲しく、気恥ずかしくなって、深いため息をつくのでした。
一、二年の後には、天才の芽は、まったく踏みにじられて、あとかたもなく、如才のない、きざな一個の商人ができあがるでありましょう。