そのとき、月が、うなだれている乞食の耳もとにささやいたのであります。
「大きな海嘯で、みんな沖へ持っていかれてしまった。しかし、まだすこしは残っていよう。おまえが、いつかなにかくださいと頼んだとき、なにもやるようなものはないといったが、まあ、あすこをごらん、あんなに光っているものがある。あれはダイヤモンドだ。ぜいたくな女の指にはめた、指輪についていたのだ。まあ、あすこをごらん、あんなにぴかぴか光っているものがある。あれは、強欲なじいさんが大事にしまっておいた黄金の塊だ。しかし、もうみんなその人たちは、どこへかいってしまった。おそらく永久に帰ってくることがあるまい。また、その人たちを捜したとて、永久に捜しあてることができまい。あの宝は、みんな腐ってしまうか、地の中にしぜんにうずもれてしまうのだ。おまえはあの宝で、もう一度、りっぱな町をこのところに建てる考えはないか。そうすれば、私は今夜、宝の残っているところを教えてやろう……。」
青ざめた月は、太陽のように、けっして、にこやかな顔はしていなかったけれど、まじめになって、乞食にいいました。
「私みたいなものに、そんなことができようか?」と、乞食はうなだれて思案をしました。
「なに、いっしょうけんめいになってやれば、できないということはないはずだ。おまえにできなかったときは、おまえの子供の時代にできるにちがいない。おまえは赤ん坊をおぶっているではないか。」と、月は、はっきりとさえた声でいいました。
乞食は、ついにやってみる気をおこしました。
「どうか、お月さま、私に宝の落ちているところを教えてください。」と、月を見上げて願いました。
月の光線は、身軽にどんな狭いところへもくぐり込みました。またどんなものの上へもはいまわりました。こうして乞食は、月の助けによって、たくさんの宝物を拾い集めることができました。
夜が明けると、太陽が彼を励ましました。乞食は、境遇で貧乏をしましたけれど、りこうで正直な人間でありましたから、四方から、あらゆる方面の知識があり、勤勉に働く人たちを呼び集めて、町を新しく造りはじめたのであります。
数年の後には、その町はりっぱにできあがりました。そして、煙突からは、黒い煙が流れていました。工場や、製造場などが、いくつも建てられました。しかし、だれも、この美しい町が乞食の手によって造られたということを、おそらく知るものがなかったでありましょう。
昔の赤ん坊は、大きくなって、いまでは、いい若者となりました。父親は、財産を残して亡くなりました。その後で、若者は、父親の仕事をついで、よく働いていました。
ある日のこと、若者は夢を見ました。
なんでも、あまりにぎやかでない、はじめて通るような町を歩いてゆきました。すると、あちらに白い桃の花だか、すももの花だか、白くこんもりと浮き出たように咲いていました。彼は、その花を目あてに歩いていますと、その木の下に、小さな理髪店がありました。主人というのは、顔つきの四角な人でして、がみがみと小僧をしかっていました。小僧は汚れた白い上着を着て働いていました。顔色が青くて、体がやせて目ばかり大きく飛び出ていました。
「おまえは、どこから雇われてきたのか?」と、若者はたずねますと、小僧は、大きな目に、いっぱい涙をためて、
「私には、お父さんがありません。お母さんもありません。ただ一人の妹がありましたが、いまは、どこにいるか知らないのです。」と答えた。
目がさめると、それは夢でありました。けれど若者は、小僧の顔が、目についていてどうしても離れませんでした。
「私には、弟も、妹もないはずだ。」
彼は、終日、昨夜の夢を思い出して考え込んでいました。
二、三日すると、彼は、また、不思議な夢を見ました。
ある工場で、まだ十三、四の少女が、下を向いて糸を採っていました。すると、いつか夢で見たことのある理髪店の主人よりは、もっと、恐ろしい顔つきをして、黒い洋服を着た、脊の高い男が、ふいに少女をむちでなぐりました。
「なにを、ぐずぐずしているのか!」
少女は震えあがりました。そして、真っ赤な顔をして、泣きながら、せっせと糸を採っていました。
目がさめると、これもやはり夢でありました。若者は、どういうものか、この少女の顔もこのときから忘れることができませんでした。
「俺は、どうしてこんな夢を見るのだろう。もっと愉快な夢を、なぜ見ることができないのか。おもしろい、愉快な夢は、みんなほかの人が見つくしてしまったというわけでもあるまいが。」と、彼は思いました。
この世の中におもしろい、楽しい夢がなくなってしまった時分には、どこからか船に乗せていろいろな夢をもってきて、港に着いてから、人の知らぬ間にまき散らすのだと、いつかこの町に入ってきた巫女がいったということでした。