どんな船が、どんなような色の帆を掛けて夢を運んでくるか、まだだれも見たものはなかったのです。
ある夜、若者は、第三の夢を見ました。
暗い晩に、雪の凍った、細道を歩いてゆくと、あちらから笛を吹いて、とぼとぼと歩いてくる年とった盲目の女按摩に出あいました。
「おまえさんはこの年になって、どうしてこんな寒い晩に働かなければならないのか。」と聞きますと、
「私は不幸な女です。最初夫をもって、かわいらしい男の子が生まれると、夫は、その子供を連れて家を出てしまったっきり帰ってきませんでした。しかたなく、それから三年ばかりたってから、私は二番めの夫をもちました。そして、一人の男の子と、一人の女の子を生みました。しかし、私たちの幸福は、長くはつづきませんでした。夫は病気をして死んでしまいました。まもなく私は目を患って、両方の目とも見えなくなってしまいました。私は、二人の子供を親類にあずけました。その親類は、しんせつではありませんでした。二人の子供をどこかへやってしまいました。それからというもの、私は、所を定めず、さまよっているのであります……。」
目がさめると、それもやはり夢であったが、どういうものか、その年とった盲目の女のようすが、なんとなくみじめで、目から取れませんでした。
若者は、このごろつづけて見た夢が、深く、彼の心をとらえて、仕事も思うように手につかなく、海辺へ出ては、沖をながめながらぼんやりと暮らしていました。
彼は、父親のいったことを思い出したのです。
「私は、まだほんとうに哀れな人というのを見なかったが、もし、この後、おまえが、哀れな人を見たときは、その人を救ってやらなければならない。これが、私のただ一つおまえにいい残しておく、大事なことだ。おまえは、それを守らなければならない。」
父親は、子供に向かってこういいました。若者は、遠く沖の方を赤く色づけて、日の暮れかかる海の上を見ながら、父親のいったことを思い出していたのであります。
「俺の夢は、ほんとうのことなのか? それなら、俺は、あの哀れな少年と、娘と、あの哀れな子供を失った母親とを助けてやらなければならない。」
ある日、沖に不思議な、見なれない船が泊まっていました。若者は、すぐにその船を見つけて、
「どこからきたのだろう。あの船はなにかおもしろい夢を乗せてやってきた、魔の船ではないかしらん。」と思いました。
すると、昼ごろ、年とった白髪の脊の低い船長が陸に上がってきて、このあたりをぶらぶらと散歩していました。
若者は、船長がそばを通りかかったときに、呼び止めました。
「あの船はどこからきました? いろいろな夢を乗せてくるといううわさの船ではありませんか。」と、若者はたずねました。すると、船長は、大きな口を開けて笑いました。
「お伽噺に、そんな話があるが、あの船は、そんなものじゃない。毎年のように、この港へ昔からやってくる船なのじゃ。」
「昔から?」
若者は、びっくりして、年とった船長をながめました。
「おまえさんは、だれなのじゃ。」
船長は、こう若者にたずねました。
若者は、自分の父親が、海嘯で滅びてしまったこの町を、ふたたび新しく建てた人であることを語りました。船長は、うなずきました。
「なかなかりっぱな町になった。私は、昔の町もよく知っている。私は、昔から、この町に塩を積んでくるのだ。」と、船長はいいました。
「塩をですか?」
「そうじゃ、この町では、塩ができないのだ。」と、船長は答えました。
船長は、しばらく若者の顔を見ていましたが、
「おまえさんは、夢でも見なかったかな。」といいました。
若者は、このごろになって、不思議な夢をつづけて見たことを話しました。すると船長は、
「それはみんなほんとうのことなのだ。おまえさんと、おまえさんのお父さんの昔のことを知っているものは、私ばかりじゃ。哀れな小僧や、娘や、母親がいるのは、そんなに遠方の町ではあるまいから、おまえさんはその小僧と娘と盲目の按摩を探しなさるがいい。人間というものは、意外なところに、不思議な因縁がつながっているものだ。私は、また来年か、来々年、もう一度この港に塩を積んではいってこよう。そのときには、不幸な人たちが、しあわせになって、みんなが喜んでいる姿を見たいものじゃ。」と、船長はいいました。
若者は、船長の話によって、深く感動しました。そして、自分には、不幸な母と、腹ちがいの弟と妹があることを知りました。
まったく、あてのない望みを抱いて、彼は、その父の造った美しい町を去って、終わりない旅へと出たのであります。
太陽は、あいかわらず、にこやかに、彼の歩いてゆく道を照らしていました。
「昔、おまえの父は、赤ん坊のおまえをおぶって、このように、あてもなく歩いたものだ。おまえも希望を捨てずに歩くがいい。」
太陽は、こういいました。
夜になると、若者は、大空の月の光を仰ぎました。月は、また語ったのです。
「町よりも、宝石よりも、どんな富よりも、人間の愛というものは貴いものだ。私は、それらの不幸な人たちを毎夜のように照らしている。おまえは、いつまでも美しい、貴い真心を捨ててはならない。」
若者の旅は、それから、夜となく、昼となくつづきました。