稚子ヶ淵
小川未明
もう春もいつしか過ぎて夏の初めとなって、木々の青葉がそよそよと吹く風に揺れて、何とのう
すると青々とした水の
「この池の名は何というだろう?」
二郎はその合歓の木蔭に来て鎌や、
二郎は
すると池の上で
「ああ、姉さんは死んでしまったのか。」
と、この時
この時、何を思い立ったか、二郎は仰いで合歓の木を見上げたのである。
「大きな合歓の木だな、幾百年経ったろう……早く花が咲けば好いが、花が咲く時分になると村のお祭が何時 でもあるんだ……しかし姉さんがいないから、寂しくてならん……盆になると姉さんは踊ったっけ……姉さんを村の者は美しいと言う。その噂を聞くと姉さんはいつも赤い顔をしたっけ……。ああ、つまらんつまらん姉さんは死んでしまったんだ。」
思い出すともなく、いつしか姉のことを思い出して二郎は泣いたり、又何か思うて笑ったりしているのである。白いすき透るような雲が、ふわふわと高く飛んで池の上を渡ると影が水の上に映って、
さだめし二郎は面白い夢を見ていたのであろう。冷たい風が顔を
星の光りがちらちらと見え、全く日は暮れていたのである。池の面は黒ずんで、合歓に渡る風が一きわ高く、静かな
帰ろうと思っても、帰ることが出来ず、家では親達が心配しているだろうと思うと一刻も
すると何処ともなく
「姉さん!」
と、余りの嬉しさに一声叫んで飛び付いた。……しかし死んだ人がどうして来たろうと思うと空怖ろしいような、物凄い気持がしたけれど、見れば見る程まさしく自分の姉であり、而して今自分の心細く思っている矢先であったから、そんなことを考える
「姉さん、姉さん! 僕は嬉しかった。」
姉は物も言わんで、
「さあ、二郎ちゃん行こう。妾 が道を案内して上 るから、いつかは、日常 妾の帰りが遅いと迎いに来てお呉 だったのね、今日は妾が途 を教えて上げよう。」
二郎はその言葉を聞き、何となく悲しく感じて、姉に手を二郎は心のうちで、どうして姉が