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ちょうと怒濤(1)

时间: 2022-11-23    进入日语论坛
核心提示:ちょうと怒濤小川未明美うつくしいちょうがありました。だれがいうとなく、この野原のはらの中なかから、あまり遠方えんぽうへゆ
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ちょうと怒濤

小川未明


うつくしいちょうがありました。
だれがいうとなく、この野原のはらなかから、あまり遠方えんぽうへゆかないがいい。ゆくとはながない、ということをききましたから、ちょうは、その野原のはらなかびまわっていました。
しかし、その野原のはらひろうございましたので、毎日まいにちあそぶのに、不自由ふじゆうかんじませんでした。自分じぶんばかりでない、たくさんのほかのこちょうもいました。また、みつばちもいましたから、さびしいことはなかったのです。
野原のはらにははたけがありました。はないています。また、むぎがしげっています。そのほか、えんどうのはなや、いろいろのはないていました。そのはなうえや、青葉あおばうえびまわっているだけでも、一にちかかるのでありました。
あるのこと、みつばちは、そのちょうにかっていいました。
わたしたちは、はなや、えんどうのはなうえびまわっているだけなら、まちがいはありません。それはこのはたけなかにさえいれば、なつになると、なすや、うりのはなきますから、とうぶんはなえるようなこともありません。その時分じぶんにはせみもくし、いろいろのむしきます。まあとおくへいくなどというかんがえをこさずに、おちついていることですね。」と、みつばちはいったのです。
ちょうは、このときに、格別かくべつ、ほかへいってみたいなどというかんがえをもちませんでしたから、みつばちのいうことをわらってきいていました。
そして、かぜかれて、ちょうは、うつくしいはねをひらひらさせて、はなはたけんでいました。このちょうのうつくしいのは、ひとり、みつばちのにそうえたばかりでなく、おなじちょうの仲間なかまでも評判ひょうばんになっていました。それほど、このちょうのはねおおきく、あかくろあお、いろいろのいろいろどられていました。
ちょうは、はたけうえで、おおくの仲間なかまあいましても、自分じぶんはねほどきれいなのをっている仲間なかまたことがありませんでした。また、そんなにおおきなはねっているのもませんでした。
「あなたは、ほんとうにうつくしくおまれついてしあわせですね。」と、ある仲間なかまは、こころからうらやましくかんじて、そういいました。
あるとき、一つのはねあおい、ちいさなこちょうは、かれかって、
「あなたは、けっして、この野原のはらからほかへいってはいけませんよ。この野原のはらなか女王じょおうですもの。」といいました。
「なぜ、そんなにほかへいってはいけないのですか。」と、ちょうはいました。
すると、はねあおいちょうは、
わたしは、やはり、この野原のはらにばかりいるのがつまらなくて、あちらへいったのですよ。それはあんまりとおいところではなかったのです。あの青木あおきえる街道かいどうを一つえたばかりです。するとふいに、おおきなふくろのようなものでわたしはすくわれました。わたしはびっくりしました。人間にんげんが、わたしらえたのです。みると、その人間にんげんは、ほかにも、わたしよりはきれいなちょうをいくつもっていました。ちょうど、それはあなたのようにうつくしいちょうばかりでした。しかし、あなたほどうつくしいとはおもいませんでした。わたしはどうなることかと身震みぶるいをしていますと、『なんだ、こんなつまらないちょうか。』といって、その人間にんげんわたしをふたたび自由じゆうにしてくれました。わたしは、自分じぶんからだが、あなたのようにうつくしくなかったのを、ほんとうに、そのとき、幸福こうふくかんじました。わたしは、そこから、すぐにもとのみちをもどって、この野原のはらかえってきましたのです。」とうつくしいちょうにかってかたりました。
ちょうは、そのはなしをきいて、いろいろの空想くうそうにふけったのです。
人間にんげんが、そんなにちょうをらえて、なににするのでしょう。」と、あおいちょうにたずねました。
「どうせ、ころされるのだとおもいます。そして、なにになるものかわたしにはわかりせんが、人間にんげん残酷ざんこくなものだといいますから、格別かくべつようはなくてもころすのでしょう。」と、あおいちょうはこたえました。
また、うつくしいちょうはたずねました。
「いったい、あちらに、なにがあるのでしょうか。」といって、あおいちょうのかお見守みまもったのです。
あおい、ちいさなちょうは、うえはねやすめながら、
わたしもよく、りませんが、なんでもはなしにきくと、人間にんげんんでいるりっぱなまちがあるそうです。そのまちには、この野原のはらいているよりも、もっとうつくしいはなが、たくさんあるそうです。まだほかにいろいろめずらしいものや、わたしたちには用事ようじのない、らないようなものがいたるところにあるということです。」といいました。
「そんなうつくしいはな人間にんげんはどこからってきたのでしょうか。また、なににするのでしょうか。」
人間にんげんは、どんなとおいところからでも、ふねくるませてってくることができます。人間にんげんは、やはりうつくしいものはなんでもきなようです。ずっとみなみほうからも、また、きたほうからも、いろいろめずらしいくさや、はなあつめてくるのです。」
あおい、ちいさなちょうは、自分じぶんっているかぎりをみんなはなしてしまうと、
「またおにかかります。」といって、どこへともなくってしまいました。
そのあとで、うつくしいちょうは、ひと物思ものおもいにしずみました。ちょうは、人間にんげんつくったまちにいってみたくなったのです。「人間にんげんは、うつくしいものはなんでもきだというから、きっと、自分じぶんきにちがいない。きなものは、たとえらえても、いのちるようなことはしないだろう。そして、かえって、あいしてくれるにちがいない。」と、ちょうはおもったのであります。
ちょうは、いつまでも、この野原のはらなかを、あちらこちらとんでいることにきてしまいました。そして、ぜひ一、だれでもいってみたいとおもまちにいって、いろいろなめずらしいはなてこようとおもいました。
ある、ちょうは、いつか、みつばちのいったことをもわすれて、野原のはらはなれて、あちらのそらひとりでんでゆきました。これは、いい天気てんきで、そらいろは、四ほうたいれていました。しばらくたびをしたとおもうと、ちょうは、はるかしたくろ屋根やねかたまったまちたのであります。
うつくしいはなのあるというのは、このまちか。」と、ちょうはおもいました。
しかし、ちょうはどこへりたらいちばん安全あんぜんだろうと、しばらく空中くうちゅうまよっていました。そのとき、なんともいわれない、やさしいいい音色ねいろがきこえてきたのであります。ちょうは、かつて、こんないいおとをきいたことがありませんでした。これはきっと、人間にんげんなかでの、やさしい人間にんげんんでいるところだろうと、なんのかんがえもなく、そうおもわずにはいられませんでした。
 
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