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山へ帰りゆく父(1)

时间: 2023-01-08    进入日语论坛
核心提示:山へ帰りゆく父小川未明父親ちちおやは、遠とおい街まちに住すんでいる息子むすこが、どんな暮くらしをしているかと思おもいまし
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山へ帰りゆく父

小川未明


 

父親ちちおやは、とおまちんでいる息子むすこが、どんならしをしているかとおもいました。そして、どうか一いってみたいものだとおもっていました。
しかし、としると、なかなからぬところへかけるのはおっくうなものです。そして、自分じぶんながらくんでいたところがいちばんいいのであります。
わたしは、こんなにとしをとったのに、せがれはどんならしをしているか心配しんぱいでならない。今年ことしこそはいってみよう。」
父親ちちおやは、とおたびをして、息子むすこんでいるまちにやってきました。それは、にぎやかな都会とかいでありました。
しずかな、よるなどは、物音ものおとひとつこえず、まったくさびしい田舎いなかんでいましたひとが、停車場ていしゃばりると、あたりがあかるく、よるでも昼間ひるまのようであり、馬車ばしゃや、電車でんしゃや、自動車じどうしゃが、往来おうらいしているにぎやかなさまて、びっくりするのは無理むりのないことです。父親ちちおやも、やはりその一人ひとりでした。
「おとうさん、よくおいでくださいました。」といって、息子むすこはどんなによろこんでむかえたかしれません。
息子むすこはいまでは、このみやこでなに不自由じゆうなくらしていられる身柄みがらでありましたから、父親ちちおやに、なんでもめずらしそうなものをってきて、もてなしました。また、方々ほうぼう見物けんぶつにもつれていったりいたしました。
父親ちちおやは、はじめのうちは、どこへいってもにぎやかなのでおどろいていました。また、いままでくちにいれたことのないようなものをべたりして、こうして、人間にんげんらしてゆかれたら、しあわせなものだともかんがえられたのでした。
五日いつか六日むいかというふうにおなじことがつづきますと、そのにぎやかさが、ただそうぞうしいものになり、また、毎日まいにちごちそうをべることも、これが人間にんげん幸福こうふくであるとは、おもわれなくなりました。
「おとうさん、おもしろい芝居しばいが、はじまりましたから、いってごらんになりませんか。」
「いいや、たくない。」
「おとうさん、これから、なにかうまいものをべにかけましょう。」
「いいや、なにもべたくない。」
父親ちちおやは、じっとして、うちなかに、すわっていました。
「どうしたのですか? おとうさん。」と、息子むすこは、なにをいっても、父親ちちおや気乗きのりをしないので、心配しんぱいしてうたのでありました。
わたしは、くにかえりたくなった。」と、父親ちちおやこたえました。
息子むすこは、これをくと、まるくして、
「あんなさびしいやまなかかえってもしかたがないではありませんか。どうして、あの不便ふべんなところがいいのですか?」と、息子むすこは、父親ちちおやこころをはかりかねて、たずねました。
わたしは、くにかえりたい。」と、父親ちちおやこたえました。
「おとうさん、なにかいけないところがあったら、いってください。またわたしたちが、のつかないところがあったら、これからをつけるようにしますから、もっと、こちらにいてくださいまし。そのうちに、おとうさんは、このまち生活せいかつにも、おなれでありましょうから……。」と、息子むすこは、ひたすら真心まごころをあらわしていいました。
すると、父親ちちおやは、あたまって、
「いや、わたしは、かえっておまえがくにかえるように、つれにきたのだが、おまえは、かえらないか?」といいました。
「どうして、おとうさん、わたしが、かえることができましょう?」
息子むすこは、父親ちちおやかおつめて、あきれたかおつきをしました。
それから、ならずして、老人ろうじん故郷こきょうかって旅立たびだってゆく、姿すがたられたのであります。
そのは、一にち息子むすこは、うちにいて、父親ちちおやのことをあんじていました。
「あんなに、おとしをとっていられるから、道中どうちゅうなにかわったことがなければいいが……。」
「いまごろ、汽車きしゃはどのあたりをとおっているだろうか……。」
いろいろと息子むすこは、おもいました。そして、みちすがらの景色けしきなどをおもしては、えがいていたのであります。
汽車きしゃは、たか山々やまやまのふもとをとおりました。おおきなかわにかかっている鉄橋てっきょうわたりました。また、くろいこんもりとしたはやしってはしりました。白壁しらかべ土蔵どぞうがあったり、たかやぐらのっているむらをもぎました。そして、翌日よくじつ昼過ひるすぎには、故郷こきょうちか停車場ていしゃばくのでありました。
「いまごろは、おとうさんは、あの街道かいどう松並木まつなみきしたあるいていなさるだろう……。」と、息子むすこは、みやこにいておもっていました。
それは、広々ひろびろとした、野中のなかとおっている、むかしながらの道筋みちすじでありました。としとったまつみち両側りょうがわっていました。おもてわたすと、だんだんきたうみほうびるにしたがって、ひくくなっていました。そして、そのほう地平線ちへいせんは、夕暮ゆうぐがたになっても、あかるくありました。
やまには、せみやひぐらしがいていました。老人ろうじんは、もう多年たねんこのやまなか生活せいかつをしています。みちすがらのも、くさも、いしも、またこのやまにすんでいる小鳥ことりや、せみや、ひぐらしにいたるまで、毎日まいにちのように、この山道やまみちある老人ろうじんせきばらいや、足音あしおとや、姿すがたらぬものはありません。
父親ちちおやが、街道かいどうあるいていますと、電信柱でんしんばしら付近ふきんいているつばめは、「いま、おかえりですか。」と、いうようにこえました。
夕焼ゆうやけのそらは、むかしも、いまも、このあかい、かなしいいろわりがありません。父親ちちおやは、夕焼ゆうやけのそらをながめました。
「よく、自分じぶんは、せがれのいて、夕暮ゆうぐがたまちからかえったものだ。あの時分じぶんのせがれは、どんなに無邪気むじゃきで、かわいらしかったか。あのせがれがいまでは、りっぱな人間にんげんになったのだ。わたしが、こんなにとしをとったのも、無理むりはない……。」と、かんがえにふけったのでした。
そして、老人ろうじんは、いよいよ山道やまみちにさしかかりますと、やまうえは、まだ、ふもとよりは、もっとあかるくて、ちょうがんでいました。
「いま、おじいさんおかえりですか?」と、いっているように、ひとなつかしげに、老人ろうじんのまわりをんでいました。せみも、ひぐらしも、このとき、みんなこえをそろえてきたてました。
「ようかえっておいでなさいました。あなたのおやまは、いつでも平和へいわです。おじいさん、あなたは、いつまでもこのおやまにおいでなさい。そして、けっして、ほかへゆくなどとおもいなさいますな。」と、みんなしていっているようにこえました。
おじいさんは、にこにこしていました。
「なんで、こんないいところをてて、他国たこくへなどゆけるものか。」
いつまでも、いつまでも、このやまなか自分じぶんいえに、らそうものとおもいました。そして、そのあわれげな、ちいさなかげみちうえとしながら、一、一のぼってゆきました。
こうして、父親ちちおやは、また、故郷こきょうひととなったのであります。
こんどは、息子むすこが、毎日まいにちのように父親ちちおやうえ心配しんぱいしました。
「おとうさんは、ほんとうにとしをとられた。」と、かれ父親ちちおや姿すがたおもかべました。自分じぶん子供こどものとき、父親ちちおやあとからついてまちへゆき、またやまかえったときは、父親ちちおやは、まだわかく、ちからつよく、達者たっしゃであったのです。そうかんがえると、なぜはやく、このみやこしてこられないものかとあんじていました。
「あのさびしい、不便ふべんな、田舎いなかがなんでいいことがあろう。ぜひ、今年ことしうちに、むかえにいってつれてこなければならない。」と、息子むすこ毎日まいにちのようにおもっていました。
それに、あきから、ふゆにかけて、やまなかは、かぜさむく、吹雪ふぶきがすさまじいのでありました。息子むすこは、故郷こきょうにいた時分じぶん記憶きおくをけっして、わすれることができません。
ゆきもるふゆは、おとうさんは、どうしてあんなところでらされよう。」
息子むすこは、とうとうおとうさんを、自分じぶんんでいるにぎやかなまちむかえるために、ひさしぶりで故郷こきょうかえったのであります。
息子むすこは、自分じぶんまれた、ふるいえなかへはいりました。すると、いろいろのおもが、そのままよみがえってくるのでした。壁板かべいたいた、子供こども時分じぶん楽器がっきが、なおうすくのこっています。よくとりかごをかけた、戸口とぐちはしら小刀こがたなけずあともそのままであります。あめには、土間どま独楽こまをまわした。そして、よく、かちてた敷石しきいしもちゃんとしていました。なにもかも、むかしのままであったのであります。
息子むすこは、ぼんやりとした気持きもちで、二、三にちごしてしまいました。
「おとうさんは、みやこへおいでになりませんか。」と、息子むすこは、いいました。
「いや、どうして、このながれたうちを、ててゆけよう。」と、父親ちちおやは、あたまりました。
「おまえこそ、ここへかえってきて、いっしょにらしたがいい。」と、父親ちちおやは、息子むすこかっていいました。
息子むすこは、みやこのこしてきた、仕事しごとのことをおもしました。そして、どうしてもみやこかえらなければなりませんでした。
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