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兎の眼12

时间: 2018-10-27    进入日语论坛
核心提示: 12 くもりのち晴れ  よく日、小谷先生はうんうんうなるようなかんじで学校にきた。一学期のときはそんなことがあると、じき
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  12 くもりのち晴れ
 
 
 
 よく日、小谷先生はうんうんうなるようなかんじで学校にきた。一学期のときはそんなことがあると、じきに休んでしまっていた。こんどはそういうわけにいかない。小谷先生は自分自身をうしろからおすようにして学校につれてきた。
 
 校門の前で、みな子がまっている。あらっと小谷先生は思った。みな子の両親とおばあちゃんが、やっぱりたたずんでいる。
 
「みな子ちゃん、どうしたの。かぜはもういいの。むりをしちゃだめよ」
 
 みな子は小谷先生の顔を見ると、うれしそうに笑った。小谷先生はみな子のハナをかんでやった。
 
 よかった、学校にきてよかった、みな子ちゃんは笑っている、小谷先生は胸につかえていたものが、すっと下におりていくように感じた。
 
「先生」
 
 と、みな子の母親は呼びかけた。ハンカチを眼におしあてている。
 
「どうなさったんですか」
 
 小谷先生はおどろいてたずねた。
 
「先生……きのう……みな子のために……」
 
 あとは声にならないようである。父親があとをひきとった。
 
「きのうの夜、教頭先生がわたしどもの家へみえられましてね。きのうのできごとの一部始終を話していかれたんですワ。そのとき、これ以上、小谷先生にめいわくをかけないように、つまり、わたしらの方から辞退するようにと……」
 
「なんですって」
 
 なんというひきょうな人だろう、人のよわみにつけこむとはこのことをいうのだろう。小谷先生は怒りのために顔が赤くなった。
 
「先生、きのうもみな子はカバンをもって……おばあちゃんの手を引いて……」
 
 と母親はまた泣いた。
 
「わたし、さいごまでみな子ちゃんをあずかりますわ。心配しないでくださいね」
 
「しかし教頭先生が……」
 
「わたしの方から話しておきます。さあ、みな子ちゃんいきましょう」
 
 小谷先生はつとめて明るくいった。
 
 みな子が顔を見せたので、クラスの子どもたちは安心したようだった。休み時間にみな子を遊んでやる子がふえた。
 
 もちろん、みな子の行動のおおかたは、小谷先生や子どもたちのめいわくになることにかわりはなかった。しかし、小谷先生は笑顔をたやさず、みな子の世話をつづけた。
 
 みな子がきたために、いちばん被害を受けているのは、なんといっても、となりにすわっている淳一だった。淳一はおとなしい子だった。みな子によくノートをやぶられていた。教科書までやぶられて、べそをかいていたこともある。
 
 はじめのうち、給食の時間に食べ物を手づかみにされて、むっとしたり、エンピツをとられてあわててとりかえしにいったりしていたが、そのうち、みな子にたいする態度がすこしずつかわってきた。
 
 そのかわり方は、小谷学級全員の子どもたちのかわり方とにているところがある。
 
 ノートをやぶられそうになると、淳一はあわてないで静かにいう。
 
「みなこちゃん、ノートかえしてちょうだい」
 
 みな子はノートをやぶるときでも、やぶらないでかえすときでも、たいてい笑っている。ノートをかえしてもらうと、淳一もにっこり笑う。そばで見ていると、ふたりでたのしいことをして笑っているようである。そして、淳一はいらないノートを、みな子にわたして、
 
「これ、やぶり」という。
 
 やぶられてしまったときは、
 
「あーあー」とため息をついて、
 
「みなこちゃん、ノートをやぶったらあかんねんで」という。
 
 しからないでいうと、みな子はたいてい笑う。それで淳一も笑う。やっぱりふたりはたのしいことをして笑っているように見える。
 
 給食のときは、はじめから食器をみな子の手のとどかないところにおいてある。みな子の食器がからっぽになったら、淳一はいう。
 
「みなこちゃん、あんた、もっとほしいのんか」
 
 みな子の眼がきょろきょろしていたら、淳一は自分の分をすこしわけてやる。みな子が笑ったら、とられる心配はもうないので安心だ。
 
 みな子のことで二回めの話し合いをしたとき、その淳一がいった。
 
「せんせいはみなこちゃんがめいわくですか」
 
「はい、めいわくです」
 
 小谷先生のこたえはなかなか正直だ。
 
「だけどせんせいは、みなこちゃんをかわいがっているでしょう。みなこちゃんがすきなんでしょう」
 
「はい」
 
 小谷先生はにこにこ笑っている。淳一ののんびりしたもののいい方に、思わずほほえんでしまうというあんばいだ。
 
「めいわくだけれど、みなこちゃんはかわいいからこまっているんでしょ、せんせい。それで、ぼくらにそうだんしているんでしょう」
 
「そうよ」
 
 小谷先生はそんなもののいい方をする淳一がとてもかわいい。
 
「ぼく、いいかんがえをおもいついたんだ」
 
「どんなこと、淳ちゃん」
 
「みなこちゃんのとうばんをこしらえたらどうですか、せんせい」
 
「みな子ちゃんの当番?」
 
「うん、そうじとうばんはそうじをするでしょ。にちばんはまどをあけたり、しゅっせきをとったりするでしょ。みなこちゃんとうばんは、みなこちゃんのせわをするとうばんです。みなこちゃんとあそんだり、べんきょうをしたり、とうばんになったこは、みなこちゃんのそばをはなれたらいかんの」
 
「いい考えね。だけど、みな子ちゃんの世話をするということは、たいへんなことなのよ。先生を見てたらわかるでしょう」
 
 はい、といってまた淳一が手をあげた。
 
「どうしてぼくがそんなことをおもいついたか、おしえてあげよか。ぼく、みなこちゃんがノートやぶったけどおこらんかってん。ほんをやぶいてもおこらんかってん。ふでばこやけしゴムとられたけどおこらんと、でんしゃごっこしてあそんだってん。おこらんかったら、みなこちゃんがすきになったで。みなこちゃんがすきになったら、みなこちゃんにめいわくかけられてもかわいいだけ」
 
 小谷先生はうなってしまった。みな子ちゃんがめいわくですか、と淳一にきかれて、正直そうな顔をして、はい、なんていったけど、これだったら、まるで淳一にテストをされているようなものじゃないか、みな子ちゃんをめいわくと思っているうちはダメですよ、と淳一に教えられているようなもんだ。おまけに淳一はそういう機会をみんなにわけてやろうといっている。
 
「淳ちゃん、あなたはほんとうにかしこい子ね」
 
 小谷先生は心からいった。
 
 みなこ当番はクラス全員がさんせいした。つぎの日からやろうということになった。男ひとり女ひとりの組で世話をすることにした。じゅんばんはくじびきできめた。
 
 はやい番の子はよろこんだ。おそい子はがっかりした顔をしていた。
 
 その日、学校がひけてから勝一の家へまわった。勝一の家は肉屋だ。小谷先生の顔を見るなり、勝一の父は興奮した顔で、
 
「先生、ちょっと二階にあがっておくんなはれ」といった。
 
 二階にあがって、小谷先生はおどろいた。きのう校長室にあつまったのと同じくらいの人数の父兄がいる。顔ぶれがすっかりちがっていた。おもに商店街など、下町の父親、母親たちだ。
 
「先生、きのうの一件をききましたぜ。ここにきとるもんは、みんな先生の味方ですワ。まだまだ先生の味方はおりまっせ」
 
 これはまずいことになったと小谷先生は思った。
 
「きいてあきれる話だんな。恵まれん子のために心血を注いでおられる先生に、ケチをつけにいくちゅうのは、いったい、どういう了見でんねん。小谷先生は学校がおわってからでも、こうして子どもの家をまわってくれはる。勉強のできん子がおったら、たとえ五分のあいだでもみてくれはる。ほかに、こんな先生がおりまっか」
 
「いや、ちがうんです」
 
 小谷先生は苦しげに口をはさんだ。
 
「わたしの未熟さもあるんです。みな子ちゃんをあずかってから、勉強のすすみぐあいもじゅうぶんでないし、おかあさん方が心配されるのもむりないんです」
 
「先生、もしそれを本気でいうてはるとしたら、その考えはまちがっておりますよ」
 
 まだ若い勝一の父はいった。
 
「それは眼さきの欲というもんとちがいまっか。わしら教育のことはようわからんけど、自分とこの子さえよかったらええという考え方にはさんせいできまへんな。これは、もちろんエエカッコのことばです。そんなことをいうとったら、この世の中、生きていけまへん。それをようわかっとって、あえていうてまんねん。そういう世の中やからこそ、いっそう学校で思いやりというもんを教えてほしいと思いまんな。思いやりてなもんは、えらい時代おくれみたいですけど、わしら商売しておって、そういうもんで信用をもらうことがありまんな。そういうもんで、ああ生きとってよかったと思うことがありまんな。ちがいますか先生」
 
 そのとおりだ、と小谷先生は思う。
 
「だまっとったら、小谷先生を支持している父兄はおらんと思われますやろ。そんなけったくそわるい話ないから、これから校長のとこへいって一発ぶってこようかと思うてまんねん」
 
 うれしいけれど、それはやめてほしい、と小谷先生はいった。そして、きょう学級であったことを話した。
 
「あしたから、みな子ちゃんをかこんで新しい出発をするんです。子どももわたしもはりきっているんです。だから外からそっと見守っていただく方がありがたいですわ」
 
「わかりました」
 
 勝一の父は男らしくいった。
 
「みなさんどうです。先生におまかせしませんか」
 
 だれも反対する者はなかった。
 
「先生、わたしら先生の味方だっせ。こまったことがあったら、いつでも、いうとくんなはれ」
 
 小谷先生をはげますように、母親たちはいうのだった。
 
「小谷先生、あんた、あんまり子どものことに熱中して、おムコさんをそまつにしたらあきまへんで」
 
 と魚屋の主人はいった。
 
「だんなをそまつにして離縁されたら、それこそ、わたいらこまりますよってな」
 
「そのときは、いまの女房をほうりだしますよって、わしのところへ、ヨメにきてください。たのみまっせ先生」
 
 勝一の父がじょうだんをいったので、みんな大笑いになった。
 
 なんと気のいい人たちだろう、きのうは泣いたけれど、きょうは笑った、くもりのち晴れだと、小谷先生はすがすがしい気持で思った。
 
 勝一の家から鉄三の家へまわった。
 
「鉄三ちゃん、きのうはごめんね。先生、なまけちゃった」
 
「ん」
 
 このごろ鉄三の返事は「う」から「ん」にかわってきたようだ。「う」より「ん」の方が、だいぶ気持がこもっているように、小谷先生には思われる。
 
「博士、実験の結果はどうでありますか」
 
 きげんのよい小谷先生は、おどけた口ぶりでいった。
 
 鉄三は大学ノートをもってきて小谷先生に見せた。
 
「あすで一週間ね。だいたいの結果は出たようね鉄三ちゃん」
 
 ノートをみながら小谷先生はいった。
 
 じっけん中とかかれてあるビンが五つある。イエバエ、ケブカクロバエ、ミドリキンバエ、ニクバエがそれぞれ十匹ずつ、べつべつのビンに入れられている。もう一つのビンには四つの種類のハエが五匹ずついっしょに入れられていた。
 
 これで鉄三は「ハエのたべもの」の研究をしている。一日に三回、どのハエが、どのえさにたかったかを記録してある。もちろんえさにたかっている場合と、えさをたべている場合とは、げんみつにいえばちがうわけだけれど、小学生の実験だから、そこまではこまかく調べる必要はないだろうと小谷先生は思っている。
 
 実験に使ったハエは、数の多い、人間のくらしに関係のふかいものを四種類選んだ。イエバエは鉄三の飼っていないハエだったが、イエバエをのぞくと、ハエの研究として意味がなくなってしまうので、小谷先生は鉄三にたのんで飼ってもらった。
 
 えさが問題だった。
 
 ハエのえさといっても無数にある。小谷先生は動物性のものと植物性のもの、それから栄養学でいうところの脂肪、たんぱく質、糖類などを考えていた。鉄三にそんなむずかしいことを教えるわけにはいかないので、小谷先生は鉄三とふたりでゴミ置場を歩いて、鉄三にハエのえさを教えてもらった。鉄三が指さしたハエのえさは、魚貝類、動物の死体、動物の皮、果物、野菜クズ、みそ、酒カス、菓子類、木の汁、草木の花などであった。
 
 そこで鉄三と相談して(もっとも鉄三は「ん」というだけだったけれど)魚のアラ、牛肉、ラード、果物、野菜クズ、アメ玉の六つを選んだ。
 
 鉄三はどのハエがどのえさを好むかということをだいたい知っていたから、鉄三の方からいうと、この実験はあまり興味がない。そのことは小谷先生もよくわかっていた。
 
 だが鉄三はすこしもいやなそぶりを見せなかった。学校にくる前と学校からかえってから、そして夕方と、一日三回きちんと記録をとっていた。一日も欠かしていなかった。
 
「鉄三ちゃん、これでみると、キンバエとケブカクロバエ、ニクバエはおさかなと牛肉が好きということがはっきりしてるね」
 
「ん」
 
「イエバエは果物やアメが好きなようだけれど、この記録を見るとなににでもたかるようね。人間のふんをたべるって、鉄三ちゃんが前にいっていたから、ハエの中ではいちばんくいしんぼうというところかナ」
 
「ん」
 
「どのハエも油がきらいね。ラードにはほとんどたかっていないわ」
 
「ん」
 
「この記録を見て、先生ちょっとおもしろいことに気がついたんだけれど、アメ玉には、まい日、同じ数だけたかっているのに、魚のアラとか牛肉、果物のようにくさるものは、日によってたかる数がちがうでしょ。ほら魚のアラは三日めがいちばん多いでしょう。果物は五日め、ね」
 
 小谷先生はちょっと興奮したようだ。
 
「鉄三ちゃん、これは大発見よ。おさかなの場合、あまり新しくてもふるくても、ハエはたからないわけよ。これで魚の鮮度がわかるじゃない。これからハエがたかっている魚など買わないでおきましょう」
 
 小谷先生はとんでもないところで、主婦の顔になった。
 
 鉄三はたいしたことないという顔をしている。
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