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過去から来た女03

时间: 2018-07-30    进入日语论坛
核心提示:3 失《しつ》 踪《そう》 何かが起った。 公江には、うめの足音で、すぐにそれが分っていた。 よほどのことでなければ、う
(单词翻译:双击或拖选)
 3 失《しつ》 踪《そう》
 
 何かが起った。
 公江には、うめの足音で、すぐにそれが分っていた。
 よほどのことでなければ、うめはあんな走り方をしない。
 「奥《おく》様《さま》!」
 襖《ふすま》の向うから声がかかったときには、もう公江は布《ふ》団《とん》に起き上っていた。
 「どうしたの?」
 襖がガラリと開く。うめが、ハアハア息を切らしている。
 「お嬢《じよう》様《さま》が——いらっしゃいません」
 と、切れ切れの言葉で言った。
 「いないの?——じゃ、どこかへ出かけたんでしょう」
 「それが——お部《へ》屋《や》の中が——ともかく、ご覧《らん》になって下さい」
 文江の部屋へ行ってみて、なるほど、うめが取り乱《みだ》すのも当り前だと思った。
 押《おし》入《い》れや洋服ダンスが、開け放してある。中の物が床《ゆか》に散《さん》乱《らん》していた。
 「——持って行った服もあるようね」
 公江は、ちゃんと何と何が失《な》くなっているか、見定めていた。「冬物ばかりだわ。うめ、そこの上の戸《と》袋《ぶくろ》を開けて」
 「はい!」
 「——ボストンバッグがあるでしょう」
 「ございませんよ」
 「そう。じゃ、やはり、出て行ったんだわ」
 「ど、どうします、奥《おく》様《さま》?」
 「落ち着いて。——何時頃《ごろ》出て行ったのかしら」
 「私《わたし》は五時には起き出しておりました。——お嬢《じよう》様《さま》が出て行かれれば分ったと思いますけどね」
 「ともかく夜の内ね。今から追いかけて間に合うかどうか……。今、何時?」
 「六時半でございます」
 「じゃ、白木さんへ電話をして。駅にも一《いち》応《おう》連《れん》絡《らく》してもらうように」
 「はあ。でも……」
 と、うめはためらっている。
 「どうしたの?」
 「内々に済《す》ませた方が、よくはございませんか? 私が駅まで——」
 「むだよ」
 と、公江は遮《さえぎ》った。「お前が走り回れば、村の人には何か起ったと、すぐに分ります。どうせ同じことよ」
 「さようで」
 「お前一人で、いろいろな場所を見《み》張《は》るわけにいかないんですからね」
 「旦《だん》那《な》様《さま》には……」
 「今日はどちらだったかしら」
 夫は、商用で出かけていた。二、三日は戻《もど》らない予定である。
 「今夜は大《おお》阪《さか》にお泊《とま》りの予定でございましたが」
 「いつもの宿ね。分りました。私から電話しておくわ。それにしても、ただいなくなっただけでは、連《れん》絡《らく》の取りようもないから、まず白木さんへ電話しておくれ」
 「かしこまりました」
 うめが、今度は素《す》直《なお》に出て行った。
 公江は部《へ》屋《や》の中を見回した。——どこか引っかかるものがあった。
 文江が、この家を出て行きたがっていたことは事実である。公江としては、無《む》理《り》はないと思っていた。
 十九歳《さい》で、こんな所の、ろくに顔も知らない男と結《けつ》婚《こん》させられるのでは、かなうまい。
 しかし、文江は一人《ひとり》娘《むすめ》、一人っ子である。夫としては、婿《むこ》を取らなければ、この常石の家が絶《た》えることになってしまうから、仕方のないことであった。どっちの気持も、良く分っていた。
 実のところ、文江が出て行ったと知っても、さほど驚《おどろ》かなかったのは、多少、それを予《よ》測《そく》していたせいもあっただろう。
 それにしても、どうにも引っかかるのが、部屋の中の乱《らん》雑《ざつ》さだった。
 文江は、若《わか》いなりに、少々面《めん》倒《どう》くさがりやではあったが、部屋を片《かた》付《づ》けておくのは、ほとんど習《しゆう》慣《かん》のようになっていた。
 当人の気が済《す》まないのである。——いくら出て行くからといって、こんなに乱雑にしておくものだろうか?
 ふと思い付いて、公江は、文江の机《つくえ》の上を見た。
 置き手紙のようなものがないかと思ったのだ。——しかし、それらしいものは、机の上にも、引出しの中にもなかった。
 どうもおかしい、と公江は思った。文江は、必ず何か残して行くはずだ。
 娘《むすめ》の性《せい》格《かく》は良く飲み込《こ》んでいる。公江には、文江が出て行ったことよりも、そのことの方が、気にかかってならなかった。
 
 
 その朝早く、吉《よし》成《なり》百代が、家の使いで、村を出ていた。
 百代は、文江と同じ十九歳《さい》で、小太りな、人のいい娘である。文江の数少ない友だちの一人だった。
 文江は何といっても、この辺では名士の一人娘であり、学校でも、何となくみんなに敬《けい》遠《えん》されることが多かった。百代は、文江と幼《おさな》い頃《ころ》からよく一《いつ》緒《しよ》に遊んでもいたので、長いつきあいが今も続いていたのである。
 「おお寒い」
 百代は、山の方へと向いながら、思わず呟《つぶや》いた。
 よく晴れていたが、寒さは厳《きび》しい。風がないのが幸いだった。
 毛糸の手《て》袋《ぶくろ》をはめていても、指先はかじかんで来た。
 「この寒いのに、もう——」
 と、ついグチが出る。
 山を越《こ》えて、向うの町まで出なくてはならない。列車やバスを乗りついでも、行けないことはないのだが、えらく遠回りであり、お金もかかる。
 時間は同じぐらいかかるが、交通費が浮《う》いた分だけは、百代がもらえるということになっていた。
 だからこそ、百代も朝から張り切って、出かけて来たのである。
 それにしても冷い朝だ。——町で用を済《す》ませたら、何か熱いものを食べて帰ろう。おでんがいいかな。
 そんなことを考えながら、百代は山道を上り始めた。
 山の中《ちゆう》腹《ふく》を、ぐるっと巻《ま》いているこの道は、少し上って行くと、後は平《へい》坦《たん》である。だからそうきついことはなく、ただ、右へ左へ曲りくねっていて、かなり距《きよ》離《り》があるのだった。
 とはいえ、百代にしろ文江にしろ、子供のころから、よく通った道で、危《き》険《けん》はなかった。
 上りを越すと、後は平らな道が、だらだらと続く。——つい、気がせいて、足が早まる。
 フウッ、と息をついて立ち止ったのは、三分の一ほどの辺りだったろうか。
 山の上から流れて来る小さな川が、ここで、ちょっとした滝《たき》を作っている。古い木の橋がかかっていた。
 さて、もう一息、と歩きながら、百代は、橋から下を見下ろした。
 滝の下が、ちょっとした河《か》原《わら》になっていて、夏にはよく裸《はだか》で水遊びをするのである。
 そこに、誰《だれ》かがいた。流れのへりにかがみ込《こ》んで、何かやっている。
 この寒いのに。——誰だろう?
 百代が見ていると、その男は、立ち上って手を振《ふ》って水を切った。
 「何だ、和ちゃんか」
 と声に出して言ったが、滝《たき》の音で、聞こえなかったらしい。
 坂東和也といって、文江や百代たちと、同級だった男の子である。
 文江や百代とも、よく一《いつ》緒《しよ》に遊んだ仲《なか》で、男女の仲というより、兄妹のような感じであった。
 この寒いときに、冷たい水で、何してるんだろう?
 百代がいぶかしく思ったのは当然だったろう。
 何か銀色に光るものが見えた。包丁か何か——ともかく刃《は》物《もの》のようだった。
 和也は、それを傍《かたわら》へ置くと、今度は手《て》拭《ぬぐ》いらしいものを、川の水に浸《ひた》して、洗《あら》い始めた。
 百代はいささか近《きん》眼《がん》なので、はっきりとは分らなかったが、何だか手《て》拭《ぬぐ》いが赤く——血でもついているように見えた。
 けがでもしたのだろうか? しかし、それにしては元気そうで、たとえけがしているとしても、大したことはないのだろう。
 えらく必死になってゴシゴシと洗っているが、一向に汚《よご》れは落ちないようで、和也も、その内に諦《あきら》めたらしい。
 今度は、その手拭いを、引き裂《さ》き始めた。できるだけ細かく裂くと、川へ流してやる。
 百代はポカンとそれを眺《なが》めていたが、
 「あ、いけない、急がんと」
 と肩をすくめて、歩き出していた。
 そのとき、何か物音でも耳に入ったのか、和也が橋の方を見上げたのである。百代は手を振《ふ》ろうとしたが——やめてしまった。
 キッと百代をにらんだその目つきは、見たこともない、恐《おそ》ろしいものだった。
 百代はあわてて歩き出した。いや、歩いているつもりだったが、いつの間にか走り出していた……。
 
 
 「——一《いち》応《おう》、手配は全部、済《す》ませました」
 と、白木巡《じゆん》査《さ》が言った。
 「お手数をかけて申し訳《わけ》ありません」
 と、公江が言うと、白木はあわてて、
 「いいや、とんでもない」
 と、手を振《ふ》って、「これが本官の任《にん》務《む》ですからな」
 と言った。
 常石家の玄《げん》関《かん》先《さき》である。
 「——しかし、お嬢《じよう》さんも、ずいぶん思い切ったことをされましたな」
 と白木は言った。
 「ええ……。しっかり者ですから、心配はしていませんが、でも、それだけに一人で暮《くら》そうと考えるのですから」
 「良し悪《あ》しですな、何事も」
 「本当に」
 公江は、少しも動《どう》揺《よう》を見せていなかった。この村の名士夫人としての風《ふう》格《かく》が、その動じない表《ひよう》情《じよう》の中に現《あらわ》れていた。
 「ご主人には……」
 「今、出先で連《れん》絡《らく》が取れませんの、今夜にでも知らせます」
 「それまでに何とかしないと、どやされそうですな、ご主人に」
 と、白木は表情を緩《ゆる》めた。
 「——では、何か分ったら、お電話をいただいて」
 「もちろん、そうしましょう」
 白木は立ち上って敬《けい》礼《れい》した。「失礼します!」
 ——よくもまあ、ああして落ち着いていられるもんだ、と白木巡《じゆん》査《さ》は外へ出ると、呟《つぶや》いた。
 一人《ひとり》娘《むすめ》の家出である。もっとオロオロとあわてふためくのが普《ふ》通《つう》ではないか。やはり、名士ともなると、心《こころ》構《がま》えが違《ちが》うのかもしれない……。
 白木は、感心しながら歩いていて、ハッとした。自転車を、置いて来てしまったのだ。白木はあわてて、常石家の門の方へと駆《か》け戻《もど》って行った。
 ——白木は、文江は遠からず帰って来る、と考えていた。
 何といっても、良家のお嬢《じよう》さんである。家出といっても、ちょっとたてば心細くなって戻って来るだろう、と思っていたのだ。
 駅への手配も、一番列車に間に合ったし、いくら何でも、田駅から乗るとは思えないので、近くの駅にも全部連《れん》絡《らく》した。
 その他、バスや、駅前の交番、駐《ちゆう》在《ざい》所《しよ》へも連絡は行っている。
 残るは山道だけだったが、たとえあそこを越《こ》えても、町に出て、そこからはバスか列車しかない。
 そこにも連絡はつけてある。山道は一本だし、どこか他《ほか》へ出るというわけにはいかないのである。
 これで見付からないはずがない。——白木は、のんびりと構《かま》えていた。
 ところが、その夜までに、情《じよう》報《ほう》は二つ、三つ入ったものの、どれも人《ひと》違《ちが》いで、それ以後の手がかりは、パッタリ途《と》絶《だ》えてしまった……。
 次の日、常石勇《ゆう》造《ぞう》が、急いで大阪から戻って来た。
 「——お帰りなさいませ」
 と、公江が迎《むか》えると、
 「どうだ?」
 と玄《げん》関《かん》に立ったままで訊《き》く。
 「今のところ、何も……」
 と公江が答えると、
 「白木の奴《やつ》、何をしとる!」
 と吐《は》き捨《す》てるように言って、「行って来るぞ」
 そのまま村へと出て行ってしまった。
 白木巡《じゆん》査《さ》は、常石の質《しつ》問《もん》に汗《あせ》をふきふき応《おう》対《たい》した。
 「この通り、精《せい》一《いつ》杯《ぱい》の手は打ったんでございますが……」
 「ふむ。——しかし、娘《むすめ》も馬《ば》鹿《か》ではない。その辺が手配されることは良く承《しよう》知《ち》しているはずだ」
 「はあ、それはまあ……」
 「村のどこかに隠《かく》れているとは考えられんか」
 「村の中にですか?」
 白木は目を丸《まる》くした。
 「分らんぞ。みんなが諦《あきら》めるまで、待つつもりかもしれん」
 「しかし——どこに」
 「その気になれば、この辺りは、人のいない小屋とか、その類《たぐい》の場所はいくらでもある。そこを当ってみてはどうかな」
 常石の言葉には、白木としては逆《さか》らうことなど思いもよらない。
 「はあ……。しかし、それにはかなりの人手も……」
 「手当は出す。村の若《わか》いのを集めて、やってみてくれ」
 「は、はい!」
 白木は早《さつ》速《そく》、実行に移《うつ》った。
 七人の若《わか》者《もの》たちが集まって、村の中の捜《そう》索《さく》が始まった。
 しかし、物置小屋や、人の隠《かく》れていられそうな所には、文江の姿《すがた》は見当らなかった。
 常石は、山道を調べるようにと言い出した。山道の途《と》中《ちゆう》で、一晩《ばん》や二晩なら、寒さをしのいでいることもできる、というのだ。
 しかし、昼間はともかく、夜中や明け方の寒さは並《なみ》大《たい》抵《てい》のものではない。
 そんなことはあるはずがない、と白木も思ったが、ともかく、常石の気が済《す》まないというのでは仕方なかった。
 その次の日、今度は大人《おとな》たちも含《ふく》めて、十五人の村人が、山道から、そのわきへ入った一帯を調べ始めた。
 しかし、これは大変な仕事である。夕方近くになって、ようやく、あの橋の辺りまでやって来た。
 白木は、いい加《か》減《げん》ばて気味で、馬《ば》鹿《か》らしくなり始めていた。
 いくら常石の希望でも、こんなむだなことをやっても……。
 それに、村人には手当が出ているが、まさか白木が警《けい》官《かん》の身で手当をもらうわけにはいかない。白木の疲《つか》れは、それが一《いち》因《いん》でもあった。
 「やれやれ……」
 白木が、立ち止って息を弾《はず》ませていると、
 「白木さん!」
 と呼《よ》ぶ声がした。
 上の方である。
 「何だ!」
 と怒《ど》鳴《な》り返す。
 「ちょっと来て下さいよ!」
 上って行くのか。——白木はため息をついた。仕方ない。
 息を切らしながら、やっとの思いで上ってみると、ちょっとした草地になっている所で、三、四人が集まっていた。
 「何だね?」
 「これを見て下さい」
 「何かを燃《も》やしたらしいな」
 焼けこげた灰《はい》が、草を汚《よご》している。
 燃え残ったらしい白い布《ぬの》を、白木はつまみ上げた。
 「服の切れ端《はし》かな」
 「ワイシャツかブラウスじゃねえのか」
 と一人が言った。
 「どうして分る」
 「生《き》地《じ》の感じがさ」
 なるほど、そう言われてみると、そんな手《て》触《ざわ》りである。
 「ふーん。どうしたんだろう?」
 「下にも何かあるぜ」
 ともう一人が言った。
 灰《はい》の下を探《さぐ》ってみると、また燃えさしの、布《ぬの》が出て来た。
 そこへ来て、白木の顔がこわばった。疲《つか》れも一度に吹《ふ》っ飛んだ。
 今度は少し厚《あつ》手《で》の、水色の生《き》地《じ》だったが、その半分近くまで、明らかに血と思える、赤茶けたし《ヽ》み《ヽ》が広がっていたからだ。
 「——こいつは大変なことになった」
 白木は布を置いて、立ち上った。「おい、誰《だれ》か、村へ戻《もど》って、駐《ちゆう》在《ざい》所《しよ》から電話をかけてくれないか」
 「何事だね」
 「いや……まだ分らんが、こいつは、ただごとじゃないかもしれん」
 白木は、額《ひたい》の汗《あせ》を拭《ぬぐ》った。その汗は、ここまで上って来た、運動のせいではなかった……。
 
 
 公江は、布《ぬの》の切れ端《はし》をしばらく見ていたが、ゆっくりと首を振《ふ》って、
 「何ともこれだけでは……」
 と言った。
 「分らんのか」
 常石が、腹《はら》立《だ》たしげに言った。
 「申し訳《わけ》ありません。でも、最近は、あの子、自分の着る物は勝手に買って来ていましたから」
 白木が言った。
 「一《いち》応《おう》警《けい》察《さつ》の調《ちよう》査《さ》では、布が燃《も》やされたのは、三、四日前、血《けつ》液《えき》は人間のものに違《ちが》いなく、血液型はAということなんですが」
 常石が公江の方へ、
 「文江の血液型は?」
 と訊《き》いた。
 「A型です」
 「そうか」
 「ま、A型といっても、大勢いますからね」
 白木が、できるだけ軽い調子で言った。
 しばらく、三人とも口をきかなかった。
 「——つまり」
 と、常石が言った。「文江は殺されているかもしれん、と言うんだね」
 「いや……それはまあ……最悪の場合の話でして」
 「物事は常《つね》に最悪を覚《かく》悟《ご》しておく必要があるのだ」
 と常石は言った。
 「でも、あなた、文江は家出したんですよ」
 「山道で誰《だれ》かに出会ったのかもしれん」
 常石は、白木を見て、「——山を調べてくれるんだろうね」
 と言った。
 「それはもう……。県《けん》警《けい》から人を出してくれることになっておりますし。しかし、何分広いですから、多少時間はかかるかもしれません」
 「村の人たちにも手伝ってもらってくれ。何十人、何百人でもかまわん。手当はこの前の倍出す」
 「はあ……」
 常石の顔には、一《いつ》徹《てつ》な気《き》質《しつ》を示《しめ》す、厳《きび》しさがあった。
 捜《そう》査《さ》は、焼け跡《あと》の場所を中心に、始まったが、一日目は何の収《しゆう》穫《かく》もなかった。
 日が落ちて、白木が駐《ちゆう》在《ざい》所《しよ》に戻《もど》ってみると、吉成百代が、何となく落ち着かない様子で座《すわ》っていた。
 「やあ、百《もも》ちゃん。何だね?」
 「山の方……どうだったの?」
 「うん、今日は何も出なかったよ」
 「そう」
 百代は肯《うなず》いて、「良かった」
 と言った。
 「そうだなあ。百ちゃんは文江さんとは仲《なか》良《よ》しだったものな。なまじ何《ヽ》か《ヽ》見付かりゃ、悲しいわけだ」
 「きっと——町へ出て、どこかへ行ってるわ、大阪とか東京とか」
 「そうだといいと思っとるよ、わしも」
 白木はぐったりと椅《い》子《す》にへたり込《こ》んだ。
 百代は、何やら言い出そうか、どうしようかという様子で、モジモジしていた。
 「——何だね? 何か話があるんなら、言ってごらん」
 「ええ」
 百代は、ためらいがちに、「こんなこと……言いたくないんだけど、でも、やっぱり黙《だま》っていられなくて」
 「うんうん」
 と、白木は肯《うなず》いた。
 「あのね——別《べつ》に私《わたし》は、はっきり見たわけじゃないの。ただ遠くからだったけど——橋の上からで——」
 「橋? どの橋?」
 「山の上の」
 「あの橋がどうしたんだね?」
 白木は、真《しん》剣《けん》になって訊《き》いた。
 「はっきりしないんだけど——でも、和ちゃんと、それから包丁らしいものと——」
 「和ちゃん? 坂東和也のことかね?」
 「ええ」
 「包丁というのは?」
 「洗《あら》ってるのを見たの。それから、手《て》拭《ぬぐ》いを細かく裂《さ》いて、川へ流してた」
 「手拭いを?」
 「赤かったわ。でも、もとは白くて、大部分が赤く染《そま》ってたみたいで——」
 「待ってくれ! そりゃ——血で、ということかね?」
 「分らない。遠かったもの。でも——せっせと洗おうとして、諦《あきら》めて、裂いて流したのよ」
 「いつ、見たんだね?」
 少しためらって、百代は言った。
 「文江がいなくなった朝よ」
 
 
 翌《よく》日《じつ》、流れの下流から、裂いた手拭いの切れ端《はし》が、いくつか見つかった。流れに浸《ひた》ってはいたが、まだ血は充《じゆう》分《ぶん》にしみ込《こ》んでいて、検《けん》出《しゆつ》されたのはA型の血《けつ》液《えき》だった。
 坂東和也は、白木の質《しつ》問《もん》に、確《たし》かにあの朝、あの河《か》原《わら》で包丁を洗《あら》って、手《て》拭《ぬぐ》いを裂《さ》いて流したことは認《みと》めたが、文江を殺したりしない、と言い張《は》った。
 「包丁は何に使ったんだ?」
 と訊《き》くと、
 「用心に持ってただけです」
 と答えた。
 両親の話によると、雑《ざつ》貨《か》屋《や》をしているので、夜、荷物を持って、町から戻《もど》ることがよくあり、あの日も、そうだったという。
 町へ行った和也は、荷物をもらうのが遅《おく》れて、町を出るのがもう夜中近くになってしまった。懐《かい》中《ちゆう》電《でん》灯《とう》を持って、山道を歩いていたのだが、あの橋の近くまで来たとき、懐中電灯が故《こ》障《しよう》してしまった。
 真っ暗で、足を踏《ふ》み外して崖《がけ》を落ちる心配もあったので、しかたなく、朝が来るのを待っていた。
 あの包丁は荷物の中にあった売り物で、包みが破《やぶ》れて外へ落ちてしまったものだ、と言った。
 手《て》拭《ぬぐ》いについての説明は、大分こみ入っていた。——町で、荷物が来るのを待つ間、パチンコ屋に入って時間をつぶしていると、喧《けん》嘩《か》に出くわした。
 一人が殴《なぐ》られて、ひどく鼻血を出しているのに、みんな見ているだけなので、仕方なく和也が手拭いを貸《か》してやった、というのである。
 そんなに血がついていると思わず、ズボンのベルトに挟《はさ》んでおいたのだが、後で気付いて、川で洗《あら》ってみたのだと言った。
 「どうして、わざわざ引き裂《さ》いて川に流したんだ?」
 「だって、捨《す》てる所もないし、それこそ持って帰ったら、何と思われるか分らないし」
 と、和也は肩《かた》をすくめた。
 この説明には、どうにも無《む》理《り》があったが、白木でなく、県《けん》警《けい》の刑《けい》事《じ》が、もっと厳《きび》しく調べても、和也は、主《しゆ》張《ちよう》を変えなかった。
 ——その一方で、捜《そう》索《さく》も進められていたが、何しろ山の中全部を、くまなく捜《さが》し回るというのは、無《む》理《り》な話で、ついに、一週間後、捜索は打ち切られた。
 和也に自白させて、死体を隠《かく》すか、埋《う》めた場所を言わせた方が早い、ということになったのである。
 しかし、刑《けい》事《じ》の、並《なみ》の大人《おとな》でも音《ね》を上げるような厳《きび》しい追《つい》及《きゆう》にも、和也は頑《がん》張《ば》り抜《ぬ》いてしまった。
 結局、二週間後には、和也は一《いつ》旦《たん》釈《しやく》放《ほう》されたのである。
 警《けい》察《さつ》としては、文江が殺されている可《か》能《のう》性《せい》は高いとしても、確《かく》証《しよう》はなく、死体が見つからないのでは、たとえ逮《たい》捕《ほ》しても、起《き》訴《そ》はできないだろうという考えだった。
 ——和也は、村に帰って来た。
 しかし、この二週間に、村はすでに和也に有《ゆう》罪《ざい》の判《はん》決《けつ》を下してしまっていたのである。
 
 
 「——その一か月後でした」
 と白木巡《じゆん》査《さ》が言った。「朝早く、知らせを聞いて村外れの木のところへ駆《か》けつけると、和也は首を吊《つ》っていたんです」
 「本当に気の毒でした」
 と、公江は言った。「私《わたし》も主人も、一度だってあの子を犯《はん》人《にん》だと責《せ》めたことはありませんよ。だって、昔《むかし》からよく知っているんですからね。文江を殺す理由なんかないじゃありませんか」
 「その通りです」
 と、白木は肯《うなず》いた。「しかし、村の連中一人一人の口に戸は立てられませんからな」
 「結局、 ご両親も、 和也さんのお葬《そう》式《しき》を済《す》ませると、 すぐに村を出て行ってしまいましたよ」
 と公江は言った。
 「そう……。いつの間にか、いなくなっていたんですな。あんまり長く店が閉《しま》ってるんで、不《ふ》審《しん》に思って、私が裏《うら》から入ってみると、もう誰《だれ》もいなかった……」
 「たぶん、夜の内に、山を越《こ》えて行ったんでしょう。——気持は分ります。村に火でもつけたい思いだったでしょう」
 ——しばらく話は途《と》切《ぎ》れた。
 文江は青ざめた顔で、じっと話を聞いていたが、やがて、ゆっくりと息を吐《は》き出した。
 「何も知らなかったわ。——東京へ出てしばらくは無《む》我《が》夢《む》中《ちゆう》だったもの」
 「お前の責《せき》任《にん》ではありませんよ」
 「でも、私さえ家を出なかったら……」
 「済《す》んでしまったことよ」
 と公江は静かに言った。
 文江は立ち上った。
 「どうしたの?」
 「私の部《へ》屋《や》、どうなってるの?」
 「あのときのままよ。また今日から使いなさいね」
 「ええ」
 文江は出て行こうとして、「いいの、一人で行かせて」
 と、立ち上りかけた母を止めた。
 「一人になりたいの」
 「——分ったわ」
 公江は、文江が出て行くと、白木の方へ向いて、
 「このことを、村の人たちに知らせなくてはね」
 と言った。
 「大《おお》騒《さわ》ぎになるでしょうな……」
 白木はため息をつきながら、言った。
 
 
 文江は、襖《ふすま》を閉《と》じた。
 自分の部屋だ。——七年ぶりに見る部屋は、記《き》憶《おく》の中よりは狭《せま》かった。
 もちろん、片《かた》付《づ》いてはいるが、机《つくえ》も、タンスも、元のままである。
 扉《とびら》や引出しを開けてみると、中もそのままになっていた。——奇《き》妙《みよう》な気分だった。
 まるでタイム・マシンに乗って、七年前のあの日に帰って来たようだ。
 カーテンは、同じものだが、七年間、陽《ひ》を浴びて色が褪《あ》せていた。
 文江は、椅《い》子《す》に座《すわ》った。少しきしんで、苦しげな音を立てた。
 ——何ということだろう。
 自分がいなくなった後の村で、何が起っているのか、何も知らずに、自立するのだ、と、いい気になって勝手なことをやっていた。
 せめて、東京からでも、母へ、元気でいると、一本の電話を入れておけばよかったのだ……。
 今ごろのこのこと帰って来て、得《とく》意《い》げに、今はデザイナーとして自立し、成功していますよ、と鼻高々で語って聞かせるつもりだったのだ。
 本当に——本当に、いい気なものだ。
 しかし、白木と母の話でも、分らないことがあった。
 それを、文江は黙《だま》っていた。自分の胸《むね》の中だけにしまって、そして自分の力で必ず真相を明らかにしてやろう、と思った。
 それは、母の疑《ぎ》問《もん》、そのもの——つまり、この部《へ》屋《や》が、散らかっていたことと、書置きがなかったという、その二つである。
 母が考えたように、実《じつ》際《さい》、文江は、部屋の中をきちんと片《ヽ》付《ヽ》け《ヽ》て《ヽ》おいたのだし、書置きも、書《ヽ》い《ヽ》て《ヽ》、机《つくえ》の上に置いて行ったのだ。
 自分がここを出てから、うめと母が、この部屋へ来るまでの間に、何かがあったのに違《ちが》いないのだ。
 それは一体何だったのか……。
 ダダダッと階《かい》段《だん》を駆《か》け上って来る足音がした。
 振《ふ》り向くと同時に、襖《ふすま》がガラリと開いて、百代が、息を切らしながら、現《あらわ》れた。
 「——文江!」
 と、百代は言ったきり、そこにただ立っていた。
 
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