しかし人魚姫には、どうすることもできません。
ただ、船の手すりにもたれているばかりでした。
そのとき、波の上にお姉さんたちが姿を見せました。
「魔女から、あなたのためにナイフをもらってきたわ。これで王子の心臓(しんぞう)をさしなさい。そしてその血を足に塗(ぬ)るのです。そうすれば、あなたは人魚に戻れるのよ。」
人魚姫はナイフを受け取ると、王子の眠(ねむ)る寝室へと入っていきました。
「王子さま、さようなら、わたしは人魚に戻ります」
人魚姫は王子の額(ひたい)にお別れのキスをすると、ナイフを一息(ひといき)に突き立てようとしました。
[......]
でも、人魚姫には、愛する王子を殺すことができません。
人魚姫はナイフを投げ捨てると、海に身を投げました。
波に揉(も)まれながら人魚姫は、だんだんと自分の体が溶けて、泡(あわ)になっていくのがわかりました。
そのとき、海からのぼったお日さまの光の中を、透き通った美しいものが漂(ただよ)っているのが見えました。
人魚姫も自分が空気のように軽くなり、空中にのぼっていくのに気づきました。
「わたしは、どこに行くのかしら?」
すると、すきとおった声が答えます。
「ようこそ、空気の精の世界へ。あなたは空気の精になって、世界中の恋人たちを見守るのですよ。」
人魚姫は、自分の目から涙が一滴(ひとしずく)落ちるのを感じながら、風とともに雲の上へとのぼっていきました。