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「みにくいあひるの子」だった私63

时间: 2019-09-23    进入日语论坛
核心提示:テレビの世界それまで雑誌の世界で、のんびり、気ままにやってきた私には、とてもテレビのペースについていけなかった。父と一緒
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テレビの世界

それまで雑誌の世界で、のんびり、気ままにやってきた私には、とてもテレビのペースについていけなかった。
父と一緒にCMに出ていたときがあり、そのポスター撮(ど)りをしたときのこと。昨日(きのう)や今日の素人(しろうと)でもないのに、父はどういうわけか、カメラの前でかたまってしまって、ポーズも表情もとてもぎこちない。
スチール写真というのは、静止しているようでいて、じつは動きが表現されていなければならない。
役者というのは、カメラがまわっていれば動けるけど、カメラが動いていないと、動けなくなってしまう。おもしろいなあと思った。
それが、このごろ、テレビのバラエティやトーク番組に出させてもらうようになったら、今度は私のほうが、みんなの中で一人だけ浮いてしまっている。全体の流れに一人だけ乗れないでいる。最初のころに出演した番組なんか、録画されたのをあとで放送で見たら、とても目を開けて見ていられない。恥(は)ずかしくって、顔から火が出てしまうほど。
トーク番組といっても、ほとんど段取りが決まっていて、発言の内容なんかも、たいていは事前に打ち合わせてあることが多い。でも、番組がはじまると、頭の中で舞(ま)い上がってしまって、予定どおりに意見を求められているのに、打ち合わせした答えすらできない。しゃべるスピードも格段に遅い。司会者がとりつくろってくれているから、かろうじて番組がめちゃめちゃにならずにすんでいるようなもの。
テレビ出演も、最初のうちは断(ことわ)っていた。もともと芸能界にはあまり興味(きようみ)がなかったし、テレビが好きだったから、よけいに自分が出ることを考えたら大ごとのように思えて、こわかった。考え方が古いのか、そんなに簡単に出てはいけないものだと思っていた。
出たら出たで、なにかをしゃべらなければいけない。でも、大勢の人の中で、みんなにあわせてしゃべるのは大の苦手(にがて)。最初の誘(さそ)いがあってから一年間迷(まよ)った末に、やっと出演する決心をしたわけだけれど、それから慣(な)れるまでに、さらに一年かかった。
朝、マネージャーが迎(むか)えにきても、ドアの鍵(かぎ)をかけて、頭から布団(ふとん)をかぶって、「私、行かない!」……登校拒否(きよひ)そのもの。そんなことも何度かあった。
母は、モデルは私の天職と言ってくれたけど、芸能界の仕事を少しずつするようになって、その言葉の重みがよけいにわかるようになった。
じゃあ、次はドラマをやりましょう、次は歌……なんて言われても、とてもできない。あれもこれもと、なんにでも手を伸ばしていたら、結局のところ、なにも残らなかったということになりかねない。
人間の幅を広げていけば、自然といろいろなことに対応できるようになるのではないか。そのためにも、自分が一番得意とする分野をさらにきわめて、深め、広げていく努力を続けなければいけないだろう。人間としての内面も、もっと磨(みが)いていかなければならないとも思う。
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