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日本人の笑い50

时间: 2018-11-04    进入日语论坛
核心提示:  漢語のいたずら「君子《くんし》は淫してもらさず」とは、『論語』や『孟子』など四書五経の音読や漢詩文できたえた近世人の
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   漢語のいたずら
 
 
「君子《くんし》は淫してもらさず」とは、『論語』や『孟子』など四書五経の音読や漢詩文できたえた近世人のしゃれであり、養生訓《ようじようくん》であり、またその忍耐強きをたたえた名句である。『論語』の「楽しみて淫せず」のもじりだ。いつだったかこの文句を引用した戯文を明治時代の雑誌で発見したので、つれづれなるままに研究室でひもといていると、若者たちが四、五人おとずれて来た。へたなことをいって文学論でも吹っかけられたらやっかいだと思ったので、中でもうるさそうなのにこの文句の部分をつきつけて、
 ——君たちはまだ若いし、経験もとぼしいから、この意味はわかるまい。
といったら、彼はせせら笑って言った。
 ——このキミ子《こ》ってえのは、お女郎《じよろう》か芸者にきまってますよ。
 わたしはガクゼンとして反問した。
 ——どういうわけで、そう思うのかネ。
 ——淫してもらさずといえば、つまり行なうだけは行なうが、ということでしょう,キミ子という女性がシロウトなら、そんな必要はないわけです。クロウトであればこそ、わが身をまもるためにめったにもらすようなことはしないというわけなんです。
 理路整然《りろせいぜん》と大まじめでまくし立てられたのには閉口した。
 なるほど、漢文から遠ざかった現代の若者にとっては、クンシと音読するより、キミ子と訓読する方が自然だし、ということになると、彼女はおシロウトでないという解釈は、いかにも筋が通っている。彼の知能指数はけっして低くないわけだ。
 知能指数はひくくないけれども、やっぱり勉強をしないと、とんでもないことになるという、いい例がある。少し前のことだが、大学の入学試験に、「空前絶後」という熟語の意味をのべよという問題を出したことがあった。まあ大体は、今までもかつてなかったし、今後もないであろう事と解釈していたが、中にあっぱれな解答があった。いわく、「午前中は空腹で、午後は気絶した」というのである。まさに空前絶後の明解答、これくらいの推理力があれば、勉強しだいでたいしたものになるだろう。
 というようなわけで、今どきは、もはや漢文体の風流戯文などは、作る人も読む人もなくなってしまったが、とくに江戸中期から明治中期にかけては、さかんに行なわれたものだ。
 沢田東江《さわだとうこう》といえば、林鳳岡《はやしほうこう》門の儒者であるが、書家としてあらわれ、経学文才はおおわれてしまっている。しかし彼はなかなかの通人で、吉原通いの体験にもとづいて『吉原大全』をあらわし、また吉原を舞台とした風流戯文『異素六帖《いそろくじよう》』(宝暦七年・一七五七年刊)をあらわしている。これは仏書『義楚《ぎそ》六帖』のもじりで、異素とは色の義である。すなわち吉原に題をとって、『唐詩選《とうしせん》』の詩句と百人一首の下の句で賛をするといったしゃれたものである。たとえば「はやる女郎」という題に対しては、
  春潮夜々深シ(毎晩春の潮が満ちてくる)
  人こそしらねかわくまもなし
と賛し、「床で骨を折りし女郎」という題には、
  孤城|遥[#(ニ)]望[#(ム)]| 玉 門 関《ギヨクモンカン》[#(ヲ)](はるかに玉門をのぞむ)
  黄沙百戦|穿《ウガ》[#(ツ)][#二]金甲《キンコウ》[#(ヲ)][#一](戦いがはげしいので鉄のヨロイがぶっこわれる)
  みだれてけさは物をこそ思え
といったあんばいである。玉門関は万里長城の西端に置かれた関所で、遠征の出入り口であった。しかつめらしい役人が文句をつけてみたところで、『唐詩選』と百人一首じゃ、作者の責任ではないという趣向である。
 また古詩にいわく、
  両脚山|中[#(ニ)]有[#(リ)][#二]小池[#一](両足の谷間に小さい池がある)
  東西南北草|離々《リリ》[#(タリ)](池のぐるりは草ぼうぼう)
  無風白露炳波起|[#(コル)](風もないのに白い波が立つ)
  一|目[#(ノ)]朱竜出|入[#(リ)]時(一眼のまっかな竜が出入りする時)
 江戸の文人たちは、このたぐいの艶詩を作って楽しんでいたのである。
 明治時代になっても、学問は和漢洋といって、漢学のしめる位置は大きかったから、落語はもとより小咄《こばなし》も、漢文仕立てのものが多い。このあいだ国電で四谷《よつや》の駅にさしかかると、目の前に大きな料理屋の看板があって、すみの方に「出前迅速《でまえじんそく》」と書いてあったので、わたしは古い明治の小咄を思いだした。
 東京の大学に遊学している息子が、近ごろとみに金使いが荒らくなった。苦労性のおやじは、ひとり息子のことなので、じっとしておられなくなり、洋傘《こうもり》に信玄《しんげん》袋を下げて、新橋《しんばし》駅で下車した。ふと駅前の西洋料理店を見ると、看板に大きく「出前迅速」と書いてある。おやじはそれを見てうなった。
 ——前ヲ出スコト迅速《じんそく》ナリか、これじゃ息子が金を使うのもむりはない。
とあきらめて、そのまま引きあげた、という話である。このおやじは、日本式に返り点、送りがなで読む習慣が身についていたわけだ。近ごろは中国の古典でも中国音で棒読みするようになったから、こういうとぼけた間違いをしなくてすむようになったのは、学問の進歩とはいいながら、いささかさびしい話である。
 それに今どきはそのものズバリでないと、見むきもしないというのは、教養のせいばかりではない。物価に追っかけられたり、サラ金苦で一家心中したり、目の前て人殺しをやられたりするものだから、風流を解するゆとりがなくなったのである。いや、ゆとりがなくなったから、平気で人殺ししたり、軍備の増強を主張したりするようになったのてある。
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