撫《な》でどこが違ってむごい袈裟御前《けさごぜん》
同じ坊さんでも、血なまぐさい武家時代の坊主ともなると、いささか荒らっぽい。しかしお上品でも殺風景でも、江戸の庶民はいささかも動じない。見るところはチャンと見ている。
まずご登場ねがうのは、『源平盛衰記《げんぺいせいすいき》』の時代の乱暴者、宮廷護衛の北面の武士で院の武者所にいたので、人よんで遠藤武者盛遠《えんどうむしやもりとう》、女出入りでしくじって坊主になり、頼朝《よりとも》をけしかけて旗上げさせた荒法師|文覚《もんがく》上人ということにしよう。
このあばれ者が十七で伯母の娘の袈裟御前《けさごぜん》に恋をした。ところが袈裟にはすでに渡辺渡《わたなべわたる》という亭主がいると知って腹を立て、いきなり伯母に白刃をつきつけて、娘をよこせと脅迫したのだから、チョイとした暴走族だ。
娘の方はおどろいたが、こんなのにかかってはお手あげだ。そこで、いくらなんでも夫がいてはこまるから、今晩、夫の寝首をかいてくれと泣きつかれて、脳の弱い豪傑はコロリとだまされて、その晩しのびこんで寝首をかいたところが、それは男の月代《さかやき》頭になって待っていた袈裟御前の首であったという、おそまつな話である。
いくらそそっかしい盛遠でも、寝首をかく前に女か男か頭をそっとなでてみるに相違ない。袈裟御前の方も、たぶんそうするだろうと見当をつけ、月代をそって男の頭になっていたわけだ。そこで庶民は推理する。おなじ性別をたしかめるのなら、頭をなでるなどという遠回しなことをしないで、いきなりアソコをなでてみたらどうだ。そうしたら手にあたるゴツイものもなく、そった頭とちがって、毛もふさふさとしていたろうから、寝首をかかなくてすんだものを、撫でどこをまちがえたばかりにむごいことになった、と慨嘆《がいたん》したのである。
ここのところが落語だと、袈裟御前の男首をかかえてかけ出した盛遠が、あらためて首実検をしようと斬り口に手をかけると飯粒がべっとり、
——さてはケサの御膳《ごぜん》であったか。
とおとすことになっている。