ヴォルデモートはルシウス・マルフォイの杖つえを上げ、テーブルの上でゆっくり回転する宙吊ちゅうづりの姿をぴたりと狙ねらって小さく振った。息を吹き返した魔女はうめき声を上げ、見えない束縛そくばくから逃れようともがいた。
「セブルス、客人が誰だかわかるか」ヴォルデモートが聞いた。
スネイプは上下逆さまになった顔のほうに目を上げた。居並いならぶ死し喰くい人びとも、興味を示す許可が出たかのように囚とらわれ人びとを見上げた。宙吊りの顔が暖炉だんろの灯あかりに向いたとき、魔女が怯おびえきったしわがれ声を出した。
「セブルス 助けて」
「なるほど」
囚われの魔女の顔が再びゆっくりと向こうむきになったとき、スネイプが言った。
「おまえはどうだ ドラコ」
杖を持っていない手で蛇へびの鼻面はなづらをなでながら、ヴォルデモートが聞いた。ドラコは痙攣けいれんしたように首を横に振った。魔女が目を覚ましたいまは、ドラコはもうその姿を見ることさえできないようだった。
「いや、おまえがこの女の授業を取るはずはなかったな」ヴォルデモートが言った。「知らぬ者にご紹介しょうかい申し上げよう。今夜ここに御お出いでいただいたのは、最近までホグワーツ魔ま法ほう魔ま術じゅつ学がっ校こうで教鞭きょうべんを執とられていたチャリティ・バーベッジ先生だ」
周囲からは、合点がてんがいったような声がわずかに上がった。怒いかり肩がたで猫背ねこぜの魔女が、尖とがった歯を見せて甲高かんだかい笑い声を上げた。
「そうだ……バーベッジ教授きょうじゅは魔法使いの子弟にマグルのことを教えておいでだった……やつらが我々魔ま法ほう族ぞくとそれほど違わないとか……」
死し喰くい人びとの一人が床に唾つばを吐はいた。チャリティ・バーベッジの顔が回転して、またスネイプと向き合った。
「セブルス……お願い……お願い……」
「黙だまれ」
ヴォルデモートが再びマルフォイの杖をひょいと振ると、チャリティは猿轡さるぐつわを噛かまされたように静かになった。
「魔法族の子弟の精神を汚辱おじょくするだけでは飽あき足たらず、バーベッジ教授は先週、『日にっ刊かん予よ言げん者しゃ新しん聞ぶん』に穢けがれた血ちを擁護ようごする熱烈ねつれつな一文をお書きになった。我々の知識や魔法を盗むやつらを受け入れなければならぬ、とのたもうた。純血じゅんけつが徐々じょじょに減ってきているのは、バーベッジ教授によれば最も望ましい状じょう況きょうであるとのことだ……我々全員をマグルと交まじわらせるおつもりよ……もしくは、もちろん、狼おおかみ人にん間げんとだな……」
こんどは誰も笑わなかった。ヴォルデモートの声には、まぎれもなく怒りと軽蔑けいべつがこもっていた。チャリティ・バーベッジがまた回転し、スネイプと三度目の向き合いになった。涙がこぼれ、髪かみの毛に滴したたり落ちている。ゆっくり回りながら離はなれていくその目を、スネイプは無表情に見つめ返した。
「アバダ ケダブラ」
緑色みどりいろの閃光せんこうが、部屋の隅々すみずみまで照らし出した。チャリティの体は、真下のテーブルに落下した。ドサッという音が響ひびき渡り、テーブルは揺ゆれ、軋きしんだ。死し喰くい人びとの何人かは椅い子すごと飛び退のき、ドラコは椅子から床に転ころげ落ちた。
「ナギニ、夕餉ゆうげだ」
ヴォルデモートの優しい声を合図あいずに、大蛇だいじゃはゆらりと鎌首かまくびをもたげ、ヴォルデモートの肩から磨みがき上げられたテーブルへと滑すべり降おりた。