ハリーは、そーっともう一歩踏ふみ出した。ホールの奥の薄うす暗ぐらいところで何かが動き、三人が一言も言う間を与えず、絨毯じゅうたんから埃ほこりっぽい色の恐ろしい姿がぬーっと立ち上がった。ハーマイオニーは悲鳴ひめいを上げたが、同時にカーテンがパッと開き、ブラック夫人も叫さけんだ。灰色の姿はするすると三人に近づいた。腰までの長い髪かみと顎あごひげを後ろになびかせ、だんだん速度を上げて近づいてくる。げっそりと肉の落ちた顔、目玉のない落ち窪くぼんだ目。見知った顔がぞっとするほど変わり果てている。その姿は、痩やせ衰おとろえた腕を挙あげ、ハリーを指差した。
「違う」ハリーが叫んだ。杖つえを上げたものの、ハリーには何の呪じゅ文もんも思いつかなかった。「違う 僕たちじゃない 僕たちがあなたを殺したんじゃない――」
「殺す」という言葉とともに、その姿は破裂はれつし、もうもうと埃が立った。咽むせ込んで涙目になりながら、ハリーはあたりを見回した。ハーマイオニーは両腕で頭を抱えて扉とびらの脇わきの床にしゃがみ込み、ロンは頭のてっぺんから爪つま先さきまで震ふるえながら、ハーマイオニーの肩をぎごちなく叩たたいていた。「もう、だ――大丈夫だ……もう、い――いなくなった……」
埃はガスランプの青い光を映うつして、ハリーの周りで霧きりのように渦巻うずまいていた。ブラック夫人の叫びは、まだ続いている。
「穢けがれた血、クズども、不名誉な汚点おてん、わが先祖の館を汚けがす輩やから――」
「黙だまれ」ハリーは大声を出し、肖しょう像ぞう画がに杖を向けた。バーンという音、噴ふき出した赤い火花とともにカーテンが再び閉じて、夫人を黙らせた。
「あれ……あれは……」ロンに助け起こされながら、ハーマイオニーは弱々しい泣き声を出した。
「そうだ」ハリーが言った。「だけど、あれは本物のあの人じゃない。そうだろう 単にスネイプを脅おどすための姿だよ」
そんなことでうまくいったのだろうか、とハリーは疑った。それともスネイプは、本物のダンブルドアを殺したと同じ気軽さで、あのぞっとするような姿を吹き飛ばしてしまったのだろうか 神経を張りつめたまま、ほかにも恐ろしいものが姿を現すかもしれないと半なかば身構みがまえながら、ハリーは先頭に立ってホールを歩いた。しかし、壁かべの裾すそに沿ってちょろちょろ走るネズミ一匹以外に、動くものは何もない。
「先に進む前に、調べたほうがいいと思うわ」ハーマイオニーは小声でそう言うと、杖つえを上げて唱となえた。「ホメナムひと レベリオあらわれよ」
何事も起こらない。