「トイレに行く」小声でそう言うなり、ハリーは走りたいのを堪こらえて足早に部屋を出た。
やっと間に合った。震ふるえる手でバスルームの内側から閂かんぬきを掛かけ、割れるように痛む頭を抱えて、ハリーは床に倒れた。すると、苦痛が爆発ばくはつし、ハリーは、自分のものではない怒りが心に入り込むのを感じた。暖炉だんろの明かりだけの、細長い部屋だ。大おお柄がらなブロンドの死し喰くい人びとが床で身もだえし、叫さけび声を上げている。それを見下ろして、杖を突つき出したか細い姿が立っている。ハリーは甲かん高だかい、冷たく情け容よう赦しゃのない声でしゃべった。
「まだまだだ、ロウル。それともこれで終しまいにして、おまえをナギニの餌えさにしてくれようか ヴォルデモート卿きょうは、今回は許さぬかもしれぬぞ……ハリー・ポッターにまたしても逃げられたと言うために、俺おれ様さまを呼び戻したのか ドラコ、ロウルに我々の不興ふきょうをもう一度思い知らせてやれ……さあ、やるのだ。さもなければ俺様の怒りを、おまえに思い知らせてくれるわ」
暖炉だんろの薪まきが一本崩くずれ、炎が燃え上がった。その明かりが、顎あごの尖とがった、怯おびえて蒼そう白はくな顔をさっと横切った――深い水の底から浮かび上がるときのように、ハリーは大きく息を吸い、目を開けた。
ハリーは、冷たい黒い大だい理り石せきの床に大の字に倒れていた。鼻先に、大きなバスタブを支える銀の脚あしの一本が見えた。蛇へびの尾の形をしている。ハリーは上体を起こした。やつれて硬直こうちょくしたマルフォイの顔が、目の中に焼きついていた。いま見た、ドラコがヴォルデモートにどう使われているかを示す光景に、ハリーは吐はき気けを催もよおした。
扉とびらを鋭く叩たたく音で、ハリーは飛び上がった。ハーマイオニーの声が響ひびいた。
「ハリー、歯ブラシは要る ここにあるんだけど」
「ああ、助かるよ。ありがとう」何気ない声を出そうと奮ふん闘とうしながら、ハーマイオニーを中に入れるために、ハリーは立ち上がった。