「……小舟がありました……」
そのとおりだ、小舟があった。ハリーはその小舟を知っている。緑色の幽ゆう光こうを発する小さな舟には魔法がかけられ、一人の魔法使いと一人の犠ぎ牲せい者しゃを乗せて中央の島へと運ぶようになっていた。そういうやり方で、ヴォルデモートは分ぶん霊れい箱ばこの守りをテストしたのだ。使い捨ての生き物である屋敷やしきしもべ妖よう精せいを借りて……。
「島に、す――水すい盆ぼんがあって、薬で満たされていました。や――闇の帝王は、クリーチャーに飲めと言いました……」
しもべ妖精は全身を震ふるわせていた。
「クリーチャーは飲みました。飲むと、クリーチャーは恐ろしいものを見ました……内ない臓ぞうが焼けました……クリーチャーは、レギュラス坊ちゃまに助けを求めて叫さけびました。ブラック奥様に、助けてと叫びました。でも、闇の帝王は笑うだけでした……クリーチャーに薬を全部飲み干させました……そして空からの水盆にロケットを落として……薬をまた満たしました」
「それから闇の帝王は、クリーチャーを島に残して舟で行ってしまいました……」
ハリーにはその場面が見えるようだった。まもなく死ぬであろうしもべ妖精が身もだえしているのを非情な赤い眼めで見つめながら、ヴォルデモートの青白い蛇へびのような顔が暗くら闇やみに消えていく。まもなく薬の犠ぎ牲せい者しゃは、焼けるような喉のどの渇かわきに耐たえかねて……しかし、ハリーの想像はそこまでだった。クリーチャーがどのようにして脱出したのかが、わからなかった。
「クリーチャーは水がほしかった。クリーチャーは島の端はしまで這はっていき、黒い湖の水を飲みました……すると手が、何本もの死人の手が水の中から現れて、クリーチャーを水の中に引っ張り込みました……」
「どうやって逃げたの」ハリーは、知らず知らず自分が囁ささやき声になっているのに気づいた。
クリーチャーは醜みにくい顔を上げ、大きな血走った眼でハリーを見た。
「レギュラス様が、クリーチャーに帰ってこいとおっしゃいました」
「わかってる――だけど、どうやって亡もう者じゃから逃れたの」
クリーチャーは、何を聞かれたのかわからない様子だった。
「レギュラス様が、クリーチャーに帰ってこいとおっしゃいました」
クリーチャーは、繰くり返した。
「わかってるよ、だけど――」
「そりゃ、ハリー、わかりきったことじゃないか」ロンが言った。「『姿すがたくらまし』したんだ」
「でも……あの洞どう窟くつは『姿くらまし』で出入りできない」ハリーが言った。「できるんだったらダンブルドアだって――」
「しもべ妖よう精せいの魔法は、魔法使いのとは違う。だろ」ロンが言った。「だって、僕たちにはできないのに、しもべ妖精はホグワーツに『姿現わし』も『姿くらまし』もできるじゃないか」