「やあ、レッジ」
やはり濃のう紺こんのローブを着た魔法使いが呼びかけた。トイレの小部屋のドアのスロットに、金色のコインを差し込んで入ろうとしている。
「まったく、つき合いきれないね、え 仕事に行くのにこんな方法を強制きょうせいされるなんて お偉えらい連中は、いったい誰が現れるのを待ってるんだ ハリー・ポッターか」
魔法使いは、自分のジョークで大笑いした。
「ああ、ばかばかしいな」ロンは、無理につき合い笑いをした。
それからロンとハリーは、隣となり合わせの小部屋に入った。ハリーの小部屋の右からも左からもトイレを流す音が聞こえた。屈かがんで下の隙間すきまから右隣みぎどなりの小部屋を見ると、ちょうどブーツを履はいた両足が、トイレの便器べんきに入り込むところだった。左を覗のぞくと、ロンの目がこっちを見てパチクリしていた。
「自分をトイレに流すのか」ロンが囁ささやいた。
「そうらしいな」
囁き返したハリーの声は、低音の重々しい声になっていた。
二人は立ち上がり、ハリーはひどく滑こっ稽けいに感じながら便器の中に入った。
それが正しいやり方だと、すぐにわかった。一いっ見けん水の中に立っているようだが、靴くつも足もローブも、まったく濡ぬれていない。ハリーは手を伸ばして、上からぶら下がっているチェーンをぐいと引いた。次の瞬間しゅんかん、ハリーは短いトンネルを滑すべり下りて、魔ま法ほう省しょうの暖炉だんろの中に出た。
ハリーは、もたもたと立ち上がった。扱い慣れた自分の体よりも、ずっと嵩かさが大きいせいだ。広大なアトリウムは、ハリーの記憶きおくにあるものより暗かった。以前は、ホールの中央を占める金色の噴ふん水すいが、磨みがき上げられた木の床や壁かべにチラチラと光を投げかけていたが、いまは、黒い石いし造づくりの巨大な像がその場を圧している。かなり威い嚇かく的てきだ。見事な装飾そうしょくを施ほどこした玉座ぎょくざに、魔法使いと魔女の像が座り、足元の暖炉に転がり出てくる魔法省の職員たちを見下ろしている。像の台座だいざには、高さ三十センチほどの文字がいくつか刻きざみ込まれていた。
魔法は力なり
ハリーは、両足に後ろから強烈きょうれつな一撃いちげきを食らった。次の魔法使いが暖炉から飛び出してきてぶつかったのだ。
「どけよ、ぐずぐず――あ、すまん、ランコーン」
禿はげた魔法使いは、明らかに恐れをなした様子であたふたと行ってしまった。ハリーが成りすましている魔法使いランコーンは、どうやら怖こわがられているらしい。
「シーッ」
声のする方向を振ふり向くと、か細い魔女と魔法ビル管理部のイタチ顔の魔法使いが、像の横に立って合図しているのが見えた。ハリーは急いで二人のそばに行った。